ワールドコード :3-13
「えふぇ、このもちもちした食感、そしてきな粉と蜜のハーモニー、山梨っていったらやっぱり信玄餅ですよねぇ~」

 中央自動車道、パーキングエリア内。
 真名は休憩所の椅子に座り、売店で買った土産物を、さっそく目の前で開いて舌鼓を打っていた。
 その様子を対面に座る狩野は苛立たしげに睨み付けている。

 「しかもですねぇ、この信玄餅はこのパーキングエリア限定商品なんですよ!信玄餅っていったら超有名なのが二つあるんですけど、その二つに真っ向から挑戦した今までにない新しいものなんですよ。確かに私は伝統を愛し、重んじる方ですが、新しい物を受け入れてこその文化や伝統の懐の深さだと思うわけですよ。伝統と新しいもの、それが切磋琢磨しあいお互いを高めるというわけです。はふぅ、これは確かにその価値がある美味しさですよぉ」
 「おい」

 嬉々として講釈をたれる真名に狩野はイライラを募らせるように机を指で叩く。

 「はぁ、やっぱり和菓子にはお茶ですよねぇ、私、パーキングエリアのサービスのお茶ってなんか好きなんですよ」
 「おい」

 どーでもいいから早く食えとばかりに、イライラと狩野は指で机を叩く。
 急かすように指の動きは早さを増し、イライラをぶつけるように激しく机が打ち鳴らされる。 もはや、重機の様な音を立てている狩野を周囲の人間は君子危うきに近寄らずと避けているが、そんな狩野のイライラを真正面に受けながらも、幸せそうに和菓子をほおばる真名もたいがいだった。
 狩野は舌打ちし、諦めたように立ち上がるとお茶のおかわりを取りに向かう。
 その背に、今まで和菓子に夢中だった真名が真剣みを帯びた声をかける。

 「狩野さん」
 「どうしたっ!」

 だらけきった空気が一変し、狩野の体に一瞬にして緊張が走る。
 真名が重苦しく迷いを飲み込み、決断を口にする。

 「私、今度は玄米茶がいいです」
 「いい加減にしろっ」
 「へぶっ!」

 狩野が投げた紙コップが真名のおでこに直撃する。

 「あのなぁ、これは和菓子を巡る旅じゃねぇんだよ。あぁ?わかってんのか?俺達は脱獄犯、射概玄十郎を追ってんだぞ?和菓子食ってる場合じゃねぇんだよ!幸せそうな顔して食いやがって、今すぐ不幸せな泣き顔にされてぇのか?あぁ?」
 「そんな事言われても、能力で射概さんの場所を捕捉しつつ、追っかけてるんですから疲れますよ。適度に休まないと……ぉ、おいひい」
 「なに、言い終わるか終わらないかの間に食ってんだよ。そもそもジジイがどこにいるかピンポイントでわかれば、後は寝てようが菓子食ってようが文句はねぇんだよ」
 「だからぁ、そういう能力じゃないんですってば、いつもは超能力が世界に与えた痕跡みたいなのを追ってますが、今回は瞬間移動でその痕跡も判りづらいですし、レーダーみたいな感じなんですよ。何となくぼんやりわかってるのを、より強く感じる方に向かっているってだけなんですから」

 真名の能力の説明はいつも狩野にはいまいちわからなかったが、今までの経験から能力による消耗についての理解はしていた。
 例えるなら、刑務所で射概を目の前にしている時の能力の使用が“徒歩”だとすると、遠くの射概の存在を捉える能力の使用は“全力疾走”だといえる。
 したがって、いつまでも“全力疾走”が続くわけも無く、適度な休憩が必要なのも理解できるのだが。

 「にしてもよぉ、せめて地図のこの辺ってのを指差してくれりゃあ、そこまでは一気に行けんだよ」
 「そんな事言われたって地図読めませんもん」
 「威張んな!なんなんだよ右とか左とか、あっちとかこっちとか、ナビになってねぇんだよ!」

 狩野は机をバンバンと叩く。叩くたびに周囲の視線が集まるがそれに反比例して周囲の人間は遠ざかっていく。

 「えー、むしろ何でわかんないんですかぁ、ちゃんと曲がる時に指示してるじゃないですか」
 「直前で言われて曲がれるかっ」

 悪態をつきながらも真名の呼吸は弱く、顔には赤みが差している。本人は隠してるつもりでも、例えではなくオーバーヒートしつつある事が狩野にはわかる。

 「使えねぇ助手席なら寝てた方がましなんだよ。大雑把でもいいからジジイの居場所だけ言って黙ってろ」
 「そんな事言ったって、相手はいつ、どこに移動するかわからないんですよ。実際、もう二回も居場所が変わってるし」

 真名の言うとおりだった。刑務所でサイレンを聞いてすぐに車に乗り込み行方を追った二人だったが、真名の休憩をとりパーキングエリアを出発した途端、射概の居場所が変わっているという事がすでに二回あり、そのたびに来た道を戻ったり、大きく方向を変えたりして今に至る。射概との距離が縮まっているのかどうかもわからず、またそれを考える事も無意味だった。
 相手は何時でも何処でも好きな場所に移動できる瞬間移動の能力者だからだ。
 狩野はどうすれば相手を追い詰められるのか考えるが、思いつかない。真名の消耗も激しい、このままではいずれ追いかけることもできなくなる。
 狩野が頭を抱えていると何かに気がついたように真名が声を上げる。

 「あ」
 「どうした?」
 「射概さんがまた移動しました」
 「またかよ……で?今度はどこだ?」
 「え……え~っと……あの、上。そう、上の方です!」
 「上ってなんだよ!北って言えよ!」

 狩野はこれはダメだとばかりに大仰に溜息を吐く。

 「っ、おらっ!とっとと行くぞ!残りは車んなかで食え!」
 「ちょっと、待ってくださいよ!これじゃイタチごっこですよ!」

 立ち上がろうともしない真名に狩野は苛立ちをぶつける。

 「だったら、どうする!お前の能力じゃ奴は捕まえらんねぇってことか」

 興奮する狩野に真名は冷静な言葉を返す。
 能力の断続的な使用により、息は上がり、額に汗が浮いていたが、真名は不敵に笑う。

 「追うのは無理でも、次に射概さんが何処に向かうかは分かります」

 預言者のようなことを言う真名に狩野は目を見開く。
 真名の能力は未知の部分が多いが、大雑把に言って“感じ取る力”といえる。常人にはない感覚で存在そのもの、その方向性、強弱、因果を観る。超能力者を追うのはその能力の部分的な側面を流用しているに過ぎない。
 刑務所の脱獄から今の移動までの四回にわたる射概の能力の感触。それらを噛み砕き、音を視て舌で転がし嗅ぎ分けて真名は何かを掴んだ。

 「刑務所で射概さんを“観て”その後の瞬間移動の形から、必ず次に射概さんが向かうところが推測できました」
 「今から向かって間に合うのか?」
 「待ち伏せとまでは行きませんが間に合います」

 自信ありげに真名は微笑む。
 真名の言う射概の次の移動先は地図的な住所の指定ではなく、目的地的な意味の指定だったが、それを聞いた狩野はすぐにミハエルに電話する。

 「よぅ、クソガキ。すぐに調べろ。射概の――」


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