ワールドコード :3-21
 某県、倉庫街の一棟。
 固く厳重に閉ざされた扉を開けることなく、射概玄十郎はその内側にいた。
 懐中電灯で辺りを照らす。身長の倍ほども積み上げられた荷物を射概は苦々しく見上げる。
 (こんなに溜め込ませるなんざ、警察イヌ共はなにやってやがる)
 懐中電灯の明かりに照らされた荷物の表面には、この薬の名称になるだろう“バースデイ”の文字が印刷されている。
 体育館ほどの広さの、その倉庫の三分の一ほども占めるこの荷物の中身が、全て麻薬かと思うと背筋に薄ら寒いものが走る。
 自らが手を下した斉藤幸助の顔が脳裏をよぎる。馬鹿話をしていた時の笑顔、中毒症状で正気を失った焦点の合っていない泣き笑い。
 (俺がやるしかねぇ。斉藤、麻薬コイツを消すことが、お前にしてやれる俺なりの供養だ)
 火をつけるために外に用意してあるものを取りに、倉庫の鍵を中から開けるために、振り向いた瞬間――
 ――扉の前に男が立っていることに射概は気づいた。
 「本命にたどり着くのが遅かったですね。待ちくたびれましたよ」
 男の声と同時に、倉庫内の電気がつけられる。
 急激に明るくなった倉庫内の光に、射概は思わず顔を覆う。
 「ま、おかげでいろいろとあんたに罪を着せることができそうだからいいですけどね」
 光に慣れてきた射概の目に映るのは、細身の長身で眼鏡をかけた柔和な笑みを浮かべた男。
 「私の名前は黒澤英太と申します」
 顔は笑顔にしつつも、目は瞬き一つせず物を見るような目で射概を捉えている。
 「は、黒澤のガキか。最近現れた俺の偽者はおめぇさんかい?赤橋を殺ったのも?」
 「そうですよ。全部貴方がやった事になりますがね。あの時みたく」
 「……あの時?」
 黒澤の言葉に射概は察するものがあったが、言葉にできず、オウム返しに尋ねてしまう。
 「あぁ、昔、親父に隠れて薬を捌いてたのがバレそうになった時、売人を一人薬漬けにしてそいつに全部かぶせたんですよ」
 黒澤は先ほどまでの外面を保つためのものとは違う、心からの笑顔を浮かべる――
 「貴方が殺したシャブ中ですよ。確か名前は」
 ――逆に歪で、不自然な、人間の笑顔には見えない醜悪な表情。
 「斉藤幸助」
 黒澤がその名を口にするのを射概は最後まで聞いていただろうか。怒りが爆発するように思考を白く染め上げる。
 怒りに支配された思考は言語を持たず、ただ殺意のみに染まり、体は自然と人を殺すための手順を実行に移す。
 口は何かを叫んでいるが何を叫んでいるかもわからない。それでも、自然に射概の手は自らの懐から拳銃を取り出し引き金を引く。
 発砲音が――人を殺す音が耳に響く。心地いい。
 しかし、銃口から昇る煙の向こうに、射概は黒澤の死体を見ることはできなかった。
 死体どころか黒澤の姿すら、射概の目の前から忽然と消えている。
 冷や水を浴びせかけられるように沸いた殺意は沈められ、急激に落とされる。
 超常的な能力を持つ射概でも想像を超える事態。超常的な能力を持つ射概だからこそ想像できなかった事態。
 そして、刑務所で出会った青年が射概でなければ、黒澤を止めることができないと言った理由を射概は初めて理解した。
 振り向かなくてもわかる。
 射概は目の前から消え、今は自分の後ろにいるだろう黒澤に尋ねる。
 「まさかお前も……」
 答えは後頭部に走る銃把の衝撃だった。


次へ

HOME