ワールドコード :3-29
 射概玄十郎は拳銃の感触を確かめる。いくつかある隠れ家の一つの闇の中で深呼吸する。
 まるで、その時がくれば射概が瞬間移動できるかのように切れたビデオカメラのバッテリー。
 もちろん、そんな偶然があるわけもなく、間違いなくその時間にバッテリーが切れるよう黒澤が設定していたのだろう。
 そんなこと射概にもわかっている。それが罠であることもわかっている。それでも射概は拳銃を握り締める。

 (予言者のアンちゃんに聞いたときから、死ぬ覚悟はできてる)

 射概は最後のタバコに火をつける。

 (俺は死ぬ。それでも相打ちなら、そう悪くねぇ)

 走馬灯を見るように、暗闇に浮かび上がる赤い火を射概は見つめる。

 (幸助、やっとお前に俺なりのケジメって奴がつけられそうだ)

 自ら手を下した舎弟のことを思い出す。

 (幸助、黒澤の野郎は必ず連れてく)

 過去の、そしてこれからの全ての元凶。それを断つ。弔うために、助けるために。

 (も少し、地獄で待っててくれや)

 黒澤は最後の瞬間移動をする。
 人の気配が消えた暗闇には、押しつぶした煙草の煙だけが残った。


 目の前には黒澤がいた。
 赤橋組、喜渡瀬組、蒼嶺会と黒澤組が杯を交わし、連合を成立させるための会合場所。
 四つの組のトップが囲む。その真ん中に射概玄十郎は出現した。
 “黒澤組”若頭、黒澤英太以外の人間は突如、現れた射概に度肝を抜かれていたが、すぐに喧騒が巻き起こる。

 「黒澤さんの言った通りだ!本当に現れやがった!」
 「いがぁい!組長の仇だぁーーーー!」
 「まさかだが……飛んで火にいる夏の虫に間違いはねぇなぁ!」

 銃口が射概を取り囲む。根回しは十分。ここで、射概が死ねばその功績で黒澤が連合内での発言を強め、そして牛耳る。
 射概は銃口を真っ直ぐ、黒澤に向ける。
 黒澤の顔が心から楽しそうに醜悪な笑顔に歪む。
 射概を取り囲む視線。黒澤を見据える射概の視線。お互いに瞬間移動は使えない。
 極限の緊張状態のためか、死ぬ間際だからか、車に轢かれる瞬間の様に、射概の目には全てがスローモーションに見えた。
 その視界の中で、黒澤がゆっくりと、銃を構える。
 射概はまるで自分のものではないかのように口が動くのを感じる。
 ゆっくりになった世界の中で射概は全ての元凶に対する憎しみを、幾度も声に篭らせる。

 「黒澤ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 射概の叫び声を掻き消す様に、いくつもの銃声が放たれ、銃口の光が埋め尽くす。


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