黒澤英太が逮捕され、射概玄十郎が病院に搬送されたその日の夜。
某県、倉庫街の一棟。
黒澤が新型の麻薬“バースデイ”を大量に保管しているその場所で、黒澤の付き人の一人、高橋が電話を片手にその荷を見上げている。
「あぁ、やっぱり駄目みてぇだ、やっこさんえらい懐にためこんでやがった。俺一人で運びきれる量じゃねぇ」
乱暴に話す高橋の携帯からは、不釣合いに可愛らしい声が返ってくる。
『ヒナリー。なんか話し方変だよー。ヤクザ映画みたーい』
電話口から聞こえる声に、ヒナリと呼ばれた高橋の姿をした何者かが苦笑いをこぼす。
「悪い、悪い。どーも演技が抜け切ってなかったみたいだ、ちょ、そんなに笑うなよ」
その声は先ほどのドスが聞いた声とはまったく異なる爽やかな青年のものだった。姿と声が合っていない。
『そーそー、青春映画にでてきそうな。そっちの声の方がいいよー。どっちも胡散臭いけど』
「ひどいな、これでも演技派なんだぜ?」
『演技過剰だよー。舞台じゃないんだからー』
「少しぐらい過剰なほうがごまかせるんだよ色々と」
『悪巧みとかね!』
「そういうこと。おかげで、黒澤の溜め込んでた新薬が手に入るんだから、捨てたモンじゃないだろ?」
『みんな、節穴だねー』
「いや、ばれる心配はなかったけど、上手くいくかどうかは心配だったよ」
『どうしてー?ヒナリが咲見連と連絡をとって、予知の通りになるように付き人として黒澤にアドバイスする。完璧じゃん!』
「そりゃ、咲見にも、黒澤にもばれてなかったけど、計画通りには進んでなかったからさ」
『えー?予知通り、射概をけしかけて、黒澤組を壊滅させて、薬をいただく……計画通りじゃん!』
「どっちも死んで無いじゃん!射概も黒澤も殺さずに、咲見の予知を覆すなんて、やっぱり狩野さんは面白い」
ヒナリは心から楽しそうに笑顔をつくる。その筋肉の動きから、黒澤の付き人――高橋の顔が造られたものであることがわかる。
好敵手を見つけた喜びを声にのせるヒナリに、電話口からは不満そうな声が聞こえる。
『むー、でもでも、今回はヒナリの方が、その狩野ってのより一枚上手だったよね。薬は全部、貰っちゃうんだし!』
「そういうこと。じゃー、ミクよろしく頼むよ」
ヒナリの答えに満足したのか、電話の向こうからは元気な声が返ってくる。
『はーい!じゃ、携帯のカメラを荷物に向けてー』
ヒナリは通話状態のまま携帯電話のカメラを積み上げられた麻薬の箱に向ける。携帯の画面いっぱいに積荷が映る。
『いきますよー、はい、チーズ』
写真を撮るような掛け声が通話口から聞こえた瞬間、ヒナリの携帯の画面に映るのは倉庫の天井だけになっていた。
携帯を耳に戻し、ヒナリは肉眼で倉庫の中を確認する。
高々と積み上げられ、倉庫の三分の一ほども占めていた麻薬“バースデイ”の箱は一瞬にして跡形もなく消えていた。
『はー、疲れたー。結構しんどいんだよーこれ』
「ごくろうさん。ぶつくさいうなよ。帰りになんか買ってくよ」
『食べ物よりも映画がいいー。五本レンタルで借りてきてー』
「おっけー。なにがいい?」
『センスに任せるー』
「文句いうなよー」
ヒナリは通話を切ると、満足そうに辺りを見渡す。
「はい、チーズ」
空っぽになった倉庫の写真を一枚撮って、ヒナリはその場を後にした。
File 3 : 悲嘆の予見者 ―sorrowful foreteller― 終