終わりなき旅
 「休むな!貴様ら、何をしている!おいそこの!休んでいる暇があるなら手を動かせ!」
 負けるわけにはいかない。この先のまだ見ぬ新世界を目指し、我ら小人は進む。
 小人、とは言い難い程ものものしい雰囲気だ。
 その勢力は数知れず、数千とも数万とも、はたまたもっと多くも思える程の戦士達が剣を持ち槍を構え咆哮を上げながら押す。だがその全ての兵がこの戦に勇猛なる気概を抱き、突撃に加わっている訳ではなかった。
 「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……こんなの……おかしい……おかしいよ……」
 「貴様!!何を蹲っている!!貴様も参加せんか!!」
 私はそんな戦意を喪失しそうな者たちを叱咤していく。
 ここは戦場。果てしなく聳える扉を開き、その先を目指すのだ!

 人生とは、戦いだ。
 例えば俺は、人よりも金をもらっている。年収は一千万を超える。そんな俺は自分でも多少なり頭のいい方だと思う。だがしかし、世の中には俺よりも頭のいい人間が腐るほどいることもまた事実。世界の頭のいい人口30%〜40%ほどには入ったとしても、70億分の15億ほどは俺より頭がいい計算になる。
 どれだけ上がいるんだ?
 まぁ、そんなことはどうでもいい。それよりも俺が許せないのは、その下だ。
 この会社には、俺よりも頭がいいと思える人間は希少だ。三人ほどしかいない、と言っておこう。つまり、つまりはだ、要するに、全員馬鹿ばかりということだ!!全く……全員死んでしまえばいい。
「おはようございます、課長」
「おはよう」
 単調な挨拶。仕事上の会話。うわべ上の付き合い。この会社ではそれしかない。馬鹿ばかりの会社だ、馴れ合いは必要ない、自分がそう判断し、最小限に抑えている為にこうなった。そう、それでいいのだ。
 「あっ!!おはようございますー田中さん!!今日も険しい顔してますねーw」
 「おはよう」
 「田中さん、こないだのゴルフすごいうまかったですねー!あたし感激しちゃいました!!」
 「鈴木君、もう少し声量を下げてくれないか」
 「あ!!すいませーんw」
 この社員も、見てのとおり馬鹿の内の一人だ。それも周りと比べても図抜けた馬鹿で、役職が覚えきれないという理由で全員を名前で呼ぶ。見たことはないが、社長ですらさん付けで呼ぶだろう。その時、この女は首になるのだ。
 全く、馬鹿の極み。
 だが、そんな頭が悪いが故に、他人に対して壁がない。誰に対してもあの調子だ。その為、中々人に好かれる人間性らしい。まぁ、馬鹿と言ってもいい方の馬鹿、と言えるだろう。
 俺には、ないものを持っている。

 「もうすぐだ!!さぁ貴様ら、何を腐っている!新世界を見たくないのか!!」
 小人はまだ戦っている。
 戦意を失い、次々と離脱していく兵士達に対して私はひたすらに激を飛ばす。
 この数え切れないほどの小人の戦力を持ってしても、あの扉はまだ開かない。
 聳える扉は空高く、天上の頂きに届きそうな程高かった。上から見れば米粒ほどの我らがこの扉を開くのは、不可能なのかもしれない。
 勇猛な戦士達も疲弊している。
 しかし、私は諦めない。
「行くぞ!私がこの扉を開いてやる!ついてこい!」

 仕事が遅くなった。今日も、書類はたまる一方。馬鹿どもとの会議で下らない話に付き合わされ、自分の時間が全く取れなかったせいだ。馬鹿は死ねばいい。
「ふわぁー」
 大きな声が聞こえた。まだ残っている社員がいたのか。終電の時間は過ぎているだろうに、こんな時間まで残っている馬鹿は……そうか、それだと私も馬鹿に入るか。
「まだ仕事をしていたのか?」
 俺は上司なら心配して当然と考え、立ち上がって声を掛けた。そこにいたのは、鈴木君だった。
 「あ、課長。お疲れ様です。はぁ……そうなんです、課長には見えないかもしれないですけど、私だって頑張って仕事してるんですよ?でもやっぱり終わらないから、こうして社泊になっちゃったりとかしますけどー」
 そう、この馬鹿は頑張っているのだ。知っていた。俺は部下の仕事振りを見るのだって仕事の内だ。彼女が、皆に好かれるのは努力を惜しまず、それでいて謙虚だからだ。
 俺も、そんな彼女の人間性には惹かれていた。
 心の内で、小人が叫ぶ。

 「我が主よ……、なぜこんなにも大きな壁を作っている!!これでは新世界への扉は開かれない!こんなもの、私がぶち破ってやる!!」

「ダメじゃないか。そんな精魂切り詰めて仕事していたら、いつか過労死してしまうよ」
 上司としては当然の、ねぎらいの言葉。でもそれ以上は、踏み込めない。踏み込めなかった。
「そうですよー、お金もないから節約生活で、もうお腹すいちゃって……まだ終わってないのにバタンキューしそうです」
 小人が叫ぶ。小人が心のドアを破ろうと内側から叩き続ける。俺は、その心に従って、初めて自分から会社に繋がりを求めた。
「じゃあ……ご飯を食べに行こうか。奢ってあげるよ」
 彼女は一瞬、困惑した顔を浮かべた。しかし、すぐに笑顔に戻って大きな声を出した。
「えーほんとですかー!?やったーありがとうございます!!」
 彼女は本当に嬉しいのだろうか。こんな風に人を誘うのは初めての自分には、彼女の感情など全く読めなかった。だが、俺は嬉しかった。
 世の中を見下げ果てていた俺は、ただ、他人との間に壁を作りたかっただけなのかもしれない。


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