エンターテイメント

 僕は辺りを見回す。
 ビビリすぎだと思われるかもしれないが、未成年がこんな時間に外に出ているだけで、4つの条例に違反して審理を経ずに保護観察処分になってしまうのだ。慎重にもなる。
 僕は最終確認をする。横断歩道を渡る時だって右左右だ。
 辺りに誰もいないことを確かめると、ボロっちいビルの地下へと僕は階段を降りていく。
 薄暗い階段の終点にはなんの変哲も無い、ただのドアがあった。
 看板や、屋号は出ていない。当然だ。
 僕はメモに書いてある住所と照らし合わせて、目的の店がここで間違いないことを確認してドアノブを回して中に入る。
 錆びていたのかドアノブを回した時に金属の擦れる音が響いて、冷や汗が出た。
 入るところを見られてはならない。
 なぜなら、ここは“違法DVD屋”だからだ。
 店内に入ると、まず目の前に健全映像ソフトが並んだ棚が置かれていた。
 カモフラージュだ。
 毒にも薬にもならないものに興味は無いので、その棚を回りこんで、店内の奥に進む。
 店の奥は薄暗く、棚の代わりに、一つの机と椅子が置かれていた。
 僕は胸を躍らせながら、椅子に腰掛ける。
 机の上に置かれたスタンドライトのスイッチを入れる。
 照らし出された机の上にはカードの束が置かれていた。違法DVDのタイトルが書かれたカードだ!
 カードにはタイトルとあらすじ、キャプチャーされた写真が一枚貼られている。
 どれにしよう。僕はカードを一枚一枚見ながら、買うべき作品を選ぶ。
 タイトルやあらすじを見るだけで、楽しい。期待に胸が膨らむ。
 違法なだけあって高い。僕の手持ちじゃそんなに枚数を買えない。厳選しなければ。
 これと、これ。いや、これもいいな。これをやめてあれにすればもう一枚買えるな……いや、しかし……あーどうして、こんなに楽しそうなものがいっぱいあるんだ!オブラートに包まれた退屈な、テレビや、映画とはえらい違いだ。
 僕は厳選に厳選を重ねて、三枚のカード、つまり三本のタイトルを選び出す。
 そのカードを持って、僕はさらに部屋の奥、レジ棚に向かう。
 レジを挟んで、向かいに座るおっさんに僕はカードを渡す。
 おっさんは手渡されたカードに書かれたタイトルを確認してニヤリと笑う。
 「兄ちゃん、若いのにいい趣味してるな。ちょっと待ってな、すぐ焼いてやるからよ」
 違法DVD屋は現物を持たない。警察の捜査が入ったときに証拠をつかまれないようにだ。
 今みたいに注文を受けてその場で、DVDにデータをコピーしてくれる。
 DVDなんて古い規格のソフトを使っているのも、データコピーの時間をできるだけ少なくするためだ。
 今の主流の規格じゃ、一つのタイトルをコピーするのに一時間はかかってしまう。画質はよくてもこういう店には向かないだろう。
 後ろめたい事をコソコソと行なっているのだ。リスクは少ない方がいい。
 おっさんは機械の操作を終えると、コピー完了を待つまでの間を埋めるかのように口を開く。
 「なんで、こんなになっちまったのかねぇ。どうしてこんなコソコソとお上の目を気にしながらDVDのコピーなんぞをしなけりゃならんのか。どれもこれも名作だってのに。嘆かわしいぜ。2010年代はまだ良かった。問題は20年代に入ってからだ。やれ、犯罪を助長するだの、子供に与える影響がどうだの、差別だなんだと過剰反応するイカレた馬鹿共が発言権を持ったせいで、映画やテレビ番組に規制が入って、従来のもんは違法。新しいものからはエンターテイメント性が根こそぎ奪われちまった。フィクションと現実の区別がついてないのはどっちだっていうんだ。主人公が犯罪者の映画を見たら、見たやつら全員、犯罪者になるのか?馬鹿か?っとすまねぇ、熱くなっちまった。ほれ、DVDにコピーできたぜ。ゆっくり家で楽しみな。くれぐれも帰り道に職質されるなんてヘマしないように気をつけな。非実在人権保護法、非現実描写禁止法、常識的倫理遵守法、性別表現均等法、肌色含有率規制条例、虐待表現禁止条例、暴力表現排除条例、身体的特徴者保護条例、その他もろもろ違反してる。いまや、日本のアニメなんて持ってるのが見つかった日にゃ、問答無用で射殺されちまうからよ」
 


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