川の土手の下で、子供たちが凧揚げをしながら、はしゃいだ声を響かせている。
私は、その声を聞きながら、土手の上を歩く。
空に、いくつもの凧が漂っているのを見上げて、私はふと、あの人のことを思い出した。
あの人はとてもシャイだったから、なかなか私に声をかけられずに何度も尾けていたって言っていたっけ。今思えば、ストーカーといえるのかもしれないけれど、なにしろあの人はシャイすぎて、私は気配にすら気づかなかった。
澄み渡った空の上を冬の冷たい風が吹いて、凧を上へ上へと登らせていく。
私は懐かしくなって、あの人との様々な思い出を思い出す。
不良に絡まれていた私を助けてくれたあの人。
それが、私とあの人の出会い。
とてもシャイですぐに隠れてしまうあの人。
誰よりも早く走っていたあの人。
私が風で寝込んでいた時、4階の窓から看病しにきてくれたあの人。
神出鬼没な人だった。
いつも黒い服を着ていたあの人。
「あ、糸が……」
物思いにふけっていた私の意識が土手の下の子供の声で覚める。
見ると、糸が切れたのだろう、凧が一つ、風に流されて彼方へと飛んでいく。
私はそれを見て、あの人との最後を思い出す。
無茶だ、無謀だと散々私は言ったのに、あの人はロマンに殉じた。
行かないで、一緒にいてと何度も私は叫んだ。
必ず戻ってくるからとあの人は泣きじゃくる私を抱きしめた。
あの人の最後を思い出して、私の目から涙がこぼれる。
理論上は成功するはずだった。
なのに、最後の最後で、命綱が千切れ、あの人は風に流されて彼方へと飛んで行ってしまった。
あれからずっと、私はあの人の帰りを待っている。
思わず、地面に目を落としていた私の耳に、凧揚げをしていた土手の下の子供達の驚愕の声が響いてくる。
「なんだあれ!」
「うそだろ?」
子供たちが口々に叫ぶ。
「忍者!忍者だ!」
私は思わず、顔を上げる。
私の視線の先、子供たちが上げる小さい凧のそば、人を乗せた巨大な凧が漂っている。
空の上から私の名前を呼ぶあの人の声が聞こえる。
私は嬉しくって、涙を流しながら、巨大な凧に向かって声をかける。
「お帰りなさい」
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