パソコンの悪魔@
 「こういうの作る人って頭の中どうなってるのかしら」

 天城良子はマウスから右手を離し、頬杖をつく。

 「悪魔召喚ねぇ……」

 良子が見つめるパソコンのモニターには『クリック一つで簡単召喚☆いけにえ不要!審査なしの簡単契約!』と親しみやすい丸めの字体で表示されている。
 悪魔との契約っていうより、消費者金融の契約みたいな文ね。と思いながら、ぼんやりと眺める字の下には、しかし、まるで血で描いたような禍々しい魔方陣が表示されていた。JPGで。
 いかがわしさと、うさんくささと、くだらなさとが、チープな演出によって、ある種の狂気を醸し出していた。
 地雷サイトだ。
 開くべきではないサイトのページを開いてしまったのは間違いない。ウィルスに感染したりする可能性もある。すぐに閉じるべきだ。
 しかし、不思議と良子はそのままページを見つめてしまっていた。ぼんやりと、しかし魅せられたように目が離せない。
 良子は、私立典上高校のパソコンルームに、家よりも集中できるという理由で一人残って課題をしていたのだが、少しの休憩と研究を兼ねて、無作為にリンクからリンクへと文字通りネットの海を渡り歩いていた。
 そして、リンクの終点、怪しげでイカレたオカルトサイトにたどり着いてしまった。
 課題製作とネットサーフィンによる乱雑な情報の閲覧によって頭がぼんやりしていたせいもある。
 悪魔召喚などとうたったホームページの製作者をからかってやろうという気持ちもあった。
 何かあっても、例えば詐欺にあったとしても、どうにでもできるという自信があった。
 頭の狂った人間の作ったくだらないホームページだと舐めていた。
 驕りがあった。
 面白半分で、良子は『召喚』と表示されたボタンをクリックする。
 クリックしてしまった。

 「…………………」

 何も起きない。
 何も起きないじゃない。馬鹿みたい。何を期待していたんだか。
 良子は画面から目を離し、天井に向けて溜息をつく。
 そのために良子は気づかなかった。何も起きないのではなく、データを読み込んでいる途中だということに――

 「なにか……何かが起きることを期待してたのかな……」

 良子が呟いた瞬間、パソコンのモニターにポップアップが表示される。

 ――『接続完了』

 その表示を合図にしたかのように無数のポップアップが画面を埋め尽くす。

 『契約開始』
 『現界開始』
 『神を呪う言葉省略』
 『魔界化開始』『いけにえ代用システム起動』『虚無から実数へ』『混沌からの侵食開始』

 いいしれない悪寒が背筋を走り、良子は思わず画面に目を戻す。

 『一部魔界化完了』『実数への返還完了』『形無き者を有限に固定』『秩序への侵攻開始』

 良子がモニタ画面に目を戻した瞬間、教室の電気が一斉に落ちる。

 「停電!」

 良子は慌てて周りを見回すが、何かがおかしい。
 まず、わかったのはこれは停電ではない事。なぜなら目の前のパソコンのモニターは輝々と液晶特有の青白い光を放っているし、今まで消えていたはずの教室内の全モニターが点灯している。
 教室の壁を囲むように配置されたパソコンのモニターには一本の線が表示されていた。
 その線は隣のモニターの線とつながり、まるでモニターで良子を囲むように画面上の線は配置されている。
 急に良子の前のパソコンから大音量で音楽が流れ始める。
 明るいポップな曲調、まるでアニメのオープニングに使われるような音楽が余計に状況を不気味なものに変える。
 しかも、音楽に混じって、潜み嗤いのような声とかすかな悲鳴のような声が聞こえる。
 良子は慌ててスピーカーの音を消音に変える。

 『俺様を召喚したのは貴様か』

 音楽の代わりに、消音にしたはずのスピーカーから声が響いた。
 良子は唾を飲み込む。
 消音にしたスピーカーから声が出ていることよりも、自分の後ろに何かが現れたのを感じたためだ。

 『我を求めるのならば代償と引き換えに望みを叶えてやろう』

 スピーカーを通して声は良子の前から聞こえているが、確実に良子の背後に声の主は存在していた。
 人ならざる背後からの気配の姿を良子は確かめることができなかった。
 目にしてしまえばそれだけで気が狂ってしまいそうな異常な空気を良子は背中に感じていた。

 『魂と引き換えに願い事を三つ叶えてやろう』

 体の芯が凍えてひび割れてしまうような、魂を掻き乱す声で悪魔は語る。
 良子は持ち前の気の強さを奮い立たせてスピーカーに返事を返す。後ろは怖くて見れない。

 「貴方、本当に悪魔なの?」
 『えーっ、そこー?もう十分信じられる状況じゃん、疑り深い女だな』
 「え?]
 『ゴホンッ、疑り深き女よ、その性は神を疑う資質として好ましくも尊きものだが、いま貴様に証拠を見せる必要があろうか。その身をもって確信を得ている者に証明して何になる』

 確かに、良子は本物の悪魔を呼び出してしまったのだと肌で感じていた。
 ありえない状況だったが、だからこそ受け入れることができた。

 「貴方が悪魔だとして」
 『だから悪魔だって言ってんじゃん』
 「貴方が悪魔だとして、願い事三つと魂を引き換えなんて割りに合わないと思うんだけど」

 良子の言葉に、スピーカーの声は一旦、黙り――

 『ギャカカカカカカカカカカカカ』

 ――人間には決して発音できないような笑い声を上げた。

 『面白い、面白いぞ人間!なんと欲深き女か』
 「気に入ってもらえたなら嬉しいけれど、私はそこまで欲深くないの。魂を引き換えにするほど大層な願いなんてないわ」
 『嘘だな』
 「っ……」

 良子の言葉に被せる様に否定の言葉を返す悪魔に良子は唇を噛む。

 『貴様の魂の輝きは素晴らしい!しかし今は濁り、その輝きを失っている。人間とは不思議なものだ。貴様にとって満たされていることが不幸だとは!満たされている事によって満たされないとは!なんと矛盾した生き物なのだ!欲深く、哀れで、惨めな生き物だ』
 「くぅぅ、そんなに言うのなら叶えてみなさいよ!私の願いを!悪魔ぶぜいに叶える事ができるのならね」

 売り言葉に買い言葉。無意識に押し殺していた感情の核心を突かれ思わず、良子はマウスを手に取り、後戻りのできない深淵に足を踏み出す。
 勢いに任せ、画面中央に表示されているボタンをクリックする。

 『ガカカカカ!いいだろう!悪魔よりも神よりも欲深き人間よ!貴様の願いを叶え、濁りを祓い、燦然と輝く貴様の魂を頂こうではないか!』

 “契約完了”

 瞬間、教室内の照明が復旧する。
 良子は緊張に強張った体を弛緩させるように大きく息を吐く。

 「うぃー契約完了っと、いうわけでこれからよろしく〜」

 突然、背後から声をかけられた良子は肩をビクリと震わせ、急いで椅子を回転させて声の主と向き合う。
 誰もいないはずの教室に、一人の若者が出現していた。
 ムラだらけに脱色された汚い金髪、着崩したというよりはだらしの無い服装、腰からは暴力的な連想をさせるチェーンが伸び、指にはシルバーのアクセサリー、耳にはコレでもかとピアスをあけ、挑戦的な目つきで不敵な笑みを浮かべている。
 お世辞にも品がいいとは言えない、誰が見ても不良だと認識するであろう少年がそこにはいた。

 「どーしたの?そんな顔しちゃって、おぉってか君かなりかわぅいいじゃん。ってか可愛いっていうより美人系?」

 しかも、なんだか軽かった。

 「あなた、誰?」
 「誰ってそりゃないっしょ、悪魔ですよ、ア・ク・マ。君の魂は俺のもの。でも、アンタの願いを叶えるまではアンタがご主人。なんでもお申し付けくださいませご主人様。回数制限つきですがグキャキャカャ」
 「さっきまでと随分と違うじゃない。話し方とか」
 「あー、契約完了までのルールであんな感じで喋らなきゃいかんのよ、面倒くせったらありゃしねぇ」
 「というか、悪魔がホームページ作って契約者探しなんて、随分親切なのね」
 「おおよ、最近の人間は、やれ儀式がメンドクサイのなんのって、俺らを呼び出してくんないかんさ。で、俺ってばインターネットに目をつけたわけ、これからの時代、悪魔も新しい技術をどんどん取り入れてかないとね!ってんで俺様、悪魔界にIT革命をもたらそうっての。まさに、パイオニア!フロンティア精神に溢れてるって!」
 「悪魔がインターネットって……神秘性の欠片も無いわね」
 「悪魔も変わる時なのよ。今やデジカメでも心霊写真が写る時代だぜ?」

 舌を出しながら首筋を掻く悪魔の少年を見て良子は溜息をつく。

 「クーリングオフは効くのかしら?」
 「いやぁ、人間の法律を悪魔に適用されてもねぇ。うちらの契約は絶対だから、不文律だから」

 悪魔は舌をチロチロと動かす。舌に刺さったピアスがそのつど光を反射している。

 「さっきは見えなかったけど、貴方ってそんなまるで不良の様な見た目をしていたのね」
 「いいや?俺らは基本、こっちでの姿を持たないからね」

 良子の質問に悪魔はにやりと口を歪める。
 思わず良子は再度、溜息を吐く。

 「だったら、何でそんな姿なのよ」
 「そりゃあ、俺達は契約者の望む姿で呼び出されるからねぇ、つまり……」
 「馬鹿いわないでよ、あんたみたいな格好の人種、私は嫌い」
 「自分にできないことをやってるからかい?お嬢様」

 悪魔の言葉に良子は形のいい眉を歪める。
 不機嫌そうな良子などお構い無しに悪魔は続ける。

 「意識的にしろ無意識的にしろ、これが君が俺に望んだ姿だ。う〜ん、理想の姿といってもいいんじゃね?」
 「飛躍しすぎよ」

 良子は、意識的に話題を切った。静かに深呼吸してから、帰り支度を始める。
 机の上の教科書を鞄に入れ、パソコンの電源を消し、教室を出る。
 警備室に退出の内部電話をかけ、昇降口で靴を履き替え、校舎から出る。
 もうすっかり暗くなってしまった校庭を歩き、正門から出てしばらく進んだところで、良子は足を止めた。

 「……いつまでついてくる気なの?」

 良子は額に手を当て教室を出てからずっと後をついてくる悪魔に問いかける。

 「そりゃあ、君の魂をゲッツするまでに決まってんじゃーん」

 良子は肩を震わせて悪魔に振り返る。

 「そういうことを訊いているんじゃないの!まさか、貴方ずっと私といる気?」
 「そうだけど?決まりきってる事きいてないでとっとと君ん家行こうぜー」
 「ば、馬鹿じゃないの?何で貴方を私の家に連れてかなきゃ行けないのよ」
 「え……」

 当然ともいえる良子の言葉に悪魔はまるで飼い主に見放された犬の様な表情になった。

 「え、君の家で寝食をともに……」
 「するわけないでしょ!当たり前じゃない!貴方、悪魔なんだからそれぐらいなんとかしなさいよ!」

 良子は身を守るように肩を抱いて文句をぶつける。
 良子は年頃の娘である。しかも、箱入り娘で、蝶と花よと育てられたので、異性と付き合った経験も無かった。
 そんな良子にとって、同い年ぐらいの男性と同じ屋根の下で暮らすなど思ってもみないことだった。たとえ相手が悪魔だとしても。無理無理、恥ずかしいし、どうしていいかわからない状態なのだった。
 顔を真っ赤にして抗議する良子を、縋るような目で見つめて悪魔は助けを求める。

 「そんな、確かに、俺ってば悪魔で、君と契約したからこっちの世界に肉体を得たけど、それだけなんだよ?なにもないんだよ?無一文なんだよ?自分で契約しといて、俺のことは知らん振りって、そんな殺生な!こんな知り合いもいない街に俺を独りにしてほっぽいていくのかい?人でなし!鬼!悪魔!」
 「うっ」

 今にも泣きそうな顔で縋りつく悪魔に、良子の良心がチクリと痛む。

 「お願いだよ!君に見放されたら俺は行き倒れになるしかないじゃないか!大丈夫!何もしないから!君には手を出したりしない神に誓うよ!」

 ウルウルとした瞳で見上げる悪魔を見て良子は大きく肩を落とす。

 「わかったわ、なんとかする。とりあえず今日は私の家に帰るわよ」

 良子の言葉を聞いた途端に悪魔は満面の笑みを浮かべて良子の前を歩き出す。

 「いやー良かった!さすがご主人様!」

 子供の様な悪魔のはしゃぎっぷりに良子は苦笑いを浮かべる。
 そんな良子に、悪魔は振り返って尋ねる。

 「そういえば君の名前を聞いてなかった、なんてーの?」

 無邪気な悪魔の笑みに良子は思わず答える。

 「天城良子」

 良子の答えを聞いた瞬間、悪魔は口が裂けたかと思うほど口の端を釣り上げ歯を見せる。
 まるで、鬼の首を取ったかのように悪魔は語る。

 「名前ってのはさぁ、契約にとって最も重要なもんなんだよ。わかる?契約書には必ずサインするだろ?言霊ってのもある。名前を言えばそれだけで言う事をきかせたりもできるもんなわけ。名前ってのは存在を縛って支配する。ダメだぜぇ、安易に悪魔に教えちゃー罰ゲームどころのさわぎじゃないよっと、ペケいちっ!」

 大きく広げられた悪魔の口を見て、良子はまるで自分の魂が喰われてしまったかのような悪寒が背筋を走るのを感じた。
 冷や汗が頬を伝う。自分は相手を甘く見ていた。良子は今の今まで半信半疑でいた自分を叱咤し、そして確信した――
 ――ただの不良に見える目の前の少年は、間違いなく悪魔なのだと。

 「うひょーすげー家!君んちって金持ち?」

 良子の住んでいる高級マンションにつくと、悪魔はキョロキョロと見渡し、それぞれに大きな3LDKの部屋を物色し始めた。
 黒と茶色でまとめられたシックな部屋の高級家具を見てはいちいち興奮した声を上げている。

 「私の父は天城グループって大企業の会長なの。系列会社はほとんど全業種を網羅してる。ちなみにさっきまでいた学校の母体も天城よ」

 ベットの上で笑いながら跳ねている悪魔を見ながら良子はつまらなそうに親の説明をする。
 その声色が伝わったのか、悪魔は跳ねるのをやめ、寝転んで良子を見上げる。

 「そーいや、全部の部屋を見て回ったけど、なんていうか生活感みたいのがしないよね。他の人間の気配もしないし、もしかして、良子ちゃん一人暮らし?」
 「そう、何でも一人でできるようになれってね。親の方針なの」

 なんでもないことのように言う良子をみて、悪魔は考える。
 一人で住むには広すぎる部屋で生活する良子の姿。
 悪魔の視線を感じて良子は肩を震わせる。

 「な、なにかしら、その慈しむ様な目は、気持ち悪いんだけど」

 鳥肌を立てている良子に対して慈愛の光を放ちながら悪魔は優しく微笑む。

 「寂しかったんだなぁ、いいぜ。俺が癒してやる。今夜は寝・か・さ・な・い・ぜぇ」
 「寝なさい」

 良子は冷たく言い放つ。
 静まりかえる空気の中、悪魔はめげずに、自分の隣を手で叩いた。

 「いいから寝なさい。ちょうどいいわ。一応この部屋、来客用なの。シャワーもついてるし、一通りのものは揃ってるわ、パソコンも好きに使っていいから。それじゃ、おやすみ」

 説明するだけ説明して良子は慈愛顔で微笑んでいる悪魔を置いて部屋を出た。
 ドア越しに良子は悪魔に忠告する。

 「あ、変な気は起こさないでね。独り暮らしとは言っても何かあればすぐにセキュリティーが飛んでくるから」

 部屋の中で、慈愛顔のまま悪魔は頷いていた。

 翌朝、良子が目を覚ますと、悪魔に貸した部屋から妙な音が漏れていた。
 良子は時計を見る。いつも起きる時間よりも一時間近く早い。

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 悪魔に与えた隣の部屋から漏れる音で目が覚めてしまったのだろう。
 二度寝するにも目が冴えてしまった。
 良子は早起きしたんだと気持ちを切り替え、欠伸をしながら洗面所に向かった。

 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ

 冷たいシャワーを浴び、制服に着替え、髪を整える。

 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ

 軽い朝食をとり、時計を見るといつもよりだいぶ時間に余裕がある。

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 良子はゆっくりと口元にコーヒーをよせる。

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 「うるさーい!」

 断続的に漏れ聞こえてくるタイピング音に、我慢できずに良子は悪魔の部屋に怒鳴り込んだ。
 瞬間、ゾッとする様な光景が良子の目に入り込んできた。
 ゾッとするような光景というのは決して悪魔的な何か、心霊やオカルト的なゾッとするという意味ではなく、ダメな方向というか終わっているといった意味でのゾッとする光景だった。
 良子の瞳に映ったのは、目を見開き、口を半開きにしながらブツブツと抑揚のない独り言を呟きながらパソコンに向かう悪魔の姿。ダメな感じだった。まるで廃人。

 「うわぁ……」

 思わず、落胆と憐憫とやるせなさとがない混ぜになった声が漏れるほど、うわぁ……な状況だった。

 「貴方、寝ないでネットサーフィンしていたの?」

 良子が朝から疲れたといった声で訊ねる。

 「あぁ、いや、最高だね!現界《こっち》は!面白くてしょうがない!やっぱ、俺様が目をつけたもんに間違いは無かった!無いにきまってっけど。さすが俺様ちゃん!面白い!この箱は面白い」

 悪魔は手を止め、良子の方を向くとパソコンを指差した。
 良子が怪訝そうな顔をしているのを見ると、悪魔は満面の笑みで続ける。

 「最高だよ、この箱を発明した奴、爵位どころか悪魔勲等『七罪』を授与されるべきっしょ。この箱の中ではね倫理の壁が取っ払われてんの。匿名をいいことに、時には本名すら利用して、欲望を曝け出し、引きずりあって罵り合ってる。次々にブラックボックスを生み出し、求めるものはあらゆる手を尽くして情報として提供されて取引してる。愉悦、快楽、罪業、悲劇、苦痛、衝動、真理、性、死体、日常、妄執、現実、商品、信仰、秘密、暴力、薬、評価、達成感、狂喜、混沌!素晴らしく混沌とした世界がこの箱を通じて構成されている。そう、つまり地獄が生み出されてるってこと!すばらしいねぇ人間ってのは!さすがだねぇ、人間って奴は!こりゃぁ誰も悪魔を呼ばなくるわけだ!」
 「で?貴方は一晩中、地獄の淵を覗いてたってことなのね」

 良子はイライラを押さえつけながら、徹夜明けの妙なハイテンションで語る悪魔を睨みつける。

 「パソコンを好きに使っていいとは言ったけど、他人の家のパソコンでそういうの見るのはやめてもらえないかな」

 良子は目を逸らしながら、モニターに映されたやたらと肌色の多い写真を指差す。

 「そういうのってどういうの?」

 良子の言葉の意味を理解しつつも、悪魔はニタニタとした笑みを浮かべながら意地悪く質問を返す。

 「ど、どういううのって、そ、その……貴方が開いている画像みたいなのよ」

 しどろもどろになりながら答える良子を嘲笑うかのように、悪魔はキーボードに手を伸ばす。

「開いてる画像って、いっぱい開いてるからどれかわからないなぁ、こういうの?それともこんなの?いやいやこれかなぁ?いや、さっき開いたアレかも」

 軽やかに悪魔は次々とタブを切り替えて良子に画像を見せていく。
 刺激的な格好、卑猥な物体、アブノーマルな行為、様々な画像が目に映る度に、良子は目を白黒させ、顔を赤くしながら「うわわぁ」とか「本当にこんなものが……」とか「ふわぁぁ」とか「あ、あれが……あんなところに……」「もし私が……」「んふぃうgひhkりdv」等と奇声を発していたが、遂には顔を真っ赤に染めて、涙目になり――

 「ぜんぶー!ぜんぶダメだぁー!」

 ――壊れた。
 半ばパニック状態になりながら、悪魔をどかしてパソコンに向かうと、次々とタブを消していく。

 「これは私たちには早すぎる。こんな変態的なのはダメだ。は、恥ずかしすぎる……」

 ブツブツ言いながらマウスを操作する良子に悪魔は冷静にツッコミを入れる。

 「とか何とか言いながら、一枚一枚しっかり見てるじゃん」

 ……………沈黙。

 「消すならタブ一個づつじゃなくて、ウィンドウ閉じたほうが早くね?」
 「こ、こここコレは貴方がウチのパソコンで何をしてたのかきっちり確認しておかないとい、イケナイからよ!へ、変な契約とかしてたら困るでしょ……そう!私はそのために我慢して調査?か、確認作業を行ってるのよ!」
 「わかってるよ」

 慰めるように微笑みながら悪魔は良子の肩を優しく叩く。
 良子はカーッと顔が赤くなっていくのを感じる。

 「別に興味津々なわけじゃ無いんだからー!」

 良子の魂の叫びは、訳知り顔で頷く悪魔には何の説得力もなかった。
 ふと、そこで良子はタブを閉じる手を止める。気になるホームページ、正確にはそこに気になる画像が表示されているのを見つけたからだ。
 『私立、お嬢様斡旋学院』と銘打たれたホームページはいかにもアングラな作りのサイトだった。黒の背景に赤や、ピンクの字、とってつけたような雑な構成。どこか暗い情欲を刺激する写真。
 説明文を読む限り、どうやら援助交際を斡旋するという非合法な行為をホームページを通じて行っているようだった。

 「援助交際の斡旋……」

 良子は薄気味の悪さを感じて唾を飲み込む。
 おそらく、斡旋されている女の子達だろう、いくつかの顔写真が目元に線を入れた状態で良子の視界の先に表示されている。
 そのうちの一枚の画像。
 良子は大企業、天城グループを統べる父親から帝王学を学び、統率者としての様々な技能を修得してきた。その中でも特に良子が得意だったのは、人の顔と名前を覚える事。
 話したことのある人間はもちろん、挨拶程度どころか直接会ったことがなくても、写真と名簿があれば覚えることができた。すでに良子は自身の通う学校の全校生徒及び全職員の顔と名前を正確に頭の中に入れていた。
 だから、目元に線を入れただけでは良子の目はごまかせない。
 長い髪の毛、その色合い。口元のほくろの位置。表情をつくる時の筋肉の動かし方。間違いない。良子はその立ち姿や雰囲気を思い出す。話したことはないが援助交際をするようなタイプには見えなかった。校内活動も積極的とは言えないまでも真面目に取り組んでいた……

 「おいおい、どうした良子ちゃん?まさか援助交際に興味がおあり?」

 画像を見て考え込んでしまった良子を見て、悪魔がからかう様に声をかける。
 良子はそれには答えず、画面に表示されている写真を指差す。

 「この子、2‐Cの有馬優乃さんよ」

 指の先には良子と同じ私立典上高校の制服を着た女の子がぎこちない笑みを浮かべていた。


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