自分の価値なんて分からない。
生きてる意味なんてない。
むしろ。
死んだ方がいいんだ。
自殺とか…してみようかな。
「はい、じゃあこの問題を…剛田。答えてみろ」
ぼうっとしていた自分に問いが当てられた。焦って考えてみたが、無理して勉強して偶然のような確立で入った高校の問題は自分には瞬間的に答えられるものではなかった。
なぜか隣に座っている女子が笑っている。
「どうした、分からんのか?はい、じゃあ次、井上」
隣に座っていた女子が当てられ、すらすらと答えた。
「こんな問題も分からないんだなー剛田くんは」
小さく呟かれた声は俺の事を嘲笑っていた。
俺は剛田というゴツイ名前のイメージとそれに見合ったふくよかな体格だけど、ガリ勉でどもりが激しかった。高校に入って一ヶ月、五月病の真っ最中。いじめられっ子だ。決していじめっ子じゃない。クラスでも浮いていた。
そんな俺に声をかけるようなやつはほとんどいない。
「剛田君!帰ろっ」
幼馴染で、家が隣の成宮加奈。昔から良く遊んでいて、帰り道はいつも一緒だった。口や顎の輪郭がやたらとV字の形で目が細く切れ長な、犬とキツネの中間みたいな顔の女の子。いや、どっちかっていうと犬かな…忠犬度は高いと思う。
こんな俺にも声をかけてくれるんだから。
でも俺は、影では「あのコンビさぁ…あれだよね」「うん、絶対付き合ってるっしょ」「マジお似合い。受けるww」とか囁かれているのを知っている。正確には、今日聞えよがしに言ってた奴が近くにいた。だからその日は断った。
帰り道は、当然ながら一人。
こういう時は、すごく考え事に集中できる。
俺が考えていたのは…死について。
俺は弱い。
みんなに嫌われてるし、毎日楽しくないし、もういっそ死んだ方が楽なんじゃないか…。こういう時にそんな事を考え出す。
でも自殺として考えられる手段は、例えば校舎の屋上から飛び降りるとか、電車に飛び出すとか、絶対溺れるような川にダイブとか。
……全部辛そうじゃん。
だから実行はしない。
自殺なんてするのはものすごい決断力や思い切りの良さがないとできないんじゃないだろうか。そんな割り切る力があるなら自分で環境を変える事ができそうなもんだ。俺にはそんな勇気さえないが。
うじうじと考えていると、ボールが公園から道路に転がってきた。
子供が取りに追いかけて、車道に飛び出した。
横を確認すると、車が近づいてきていた。ドライバーは携帯で通話の真っ最中で、子供に気づいていない。
距離は5メートルほど。
ここからなら、助けられる。
全力で走り出したが、直前でドライバーが気づき、子供を轢かないように車の向きを左へ無理やり変えた。
左の歩道から子供を助けようと走り込んでいた俺は、見事に不意をつかれ、正面から撥ねられた。
痛い。痛い。痛い。
痛い。痛い。痛い。
痛い。痛い。痛い。
痛い。痛い。痛い。
眠っていたのか?痛みで目が覚めた。
すごくすごく…痛かった。
自殺したがっていた時にしていた妄想とは違う。
死の、疑似体験。
車に撥ねられたんだ、当然だ。
あぁ…やっぱり死ぬのは怖い。
痛みだけで汗が止まらないほどだった。
すぐそばにいた人が体を拭いてくれた。
その女の子に、俺はようやく気づいた。
「成宮……」
彼女は、嬉しそうだった。
俺が目を覚ましたからだろうか。
目に涙をいっぱい溜めて、一生懸命俺の汗を拭いてくれていた。
「あたしと一緒に帰ってくれてたら…轢かれなかったんだから」
「……ごめん」
自分を大事に思ってくれている人がいるんだ。
そう、気づいた。
自分の価値なんて分からない。
生きてる意味なんてない。
…そう思うのは、もうやめようと思った。
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