Aサイド.3
 「やぁ、お目覚めかい?
 「おぉ、起きたばっかりだっていうのに元気がいいな。まぁ、いくらでも喚いて構わないよ、そっちの方が依頼主は喜ぶだろうからね。
 「ん?この金持ちの飼い犬がだって?いやぁ、違う違う、僕はね、“金持ちの”じゃなくて“金の”飼い犬なんだ。そう、金の亡者とも言うね。ま、奴隷でも中毒でも依存症でも強迫観念でも何でも構わないけどね。
 「金のため!金のためだよ!
 「そう、君には恨みがないどころか敬意すら抱いているよ“免罪符殺し”君。
 「あぁ、いくらでも喚いて構わないと言ったが、というより泣き叫んで、怨嗟を撒き散らして、無様に正義を口にしてくれた方が良いんだが、あぁっと、これは僕にとって良いんじゃなくて、依頼主にとって良いってことで、つまりは仕事にとって良いってことで、報酬にとって良くて、金になるってことだ。
 「金のためってことは良い!非常に良い!
 「まぁ、だから騒いでくれて構わないんだが、むしろだんまりするようなら指を切り落としたりしなきゃいけなくなるんだが、しかしだ、それでも話は聞いてくれないか。君にとっても生きてる人間の話を聞くのはこれが最後になるかもしれないんだから。
 「おっと、こういう言い方をするとまた下の奴に『ボス、死後の世界なんてありませんよ』なんて言われちゃうな。
 「ん〜、しかし、どうだろう?君は死後の世界はあると思うかい?知るかって?まぁ、そうだろうね。正直なところわからない。わからないってことは在るかもしれないし、無いかもしれない。経験者に聞こうにも死人に口無しなんだから。
 「でもね、だからこそ僕は在るかもしれないって考えるんだ。
 「え?ははは、そうかもね。僕は地獄行きに違いない。なら、君はどうかな?僕は金のため、君は正義のため、罪無き人を殺してきた。
 「え?それは違うって?それは違うよ。君が殺してきたのは“免罪符”を買った人、“免罪符”によって罪を消された人、罪無き人々だ。
 「あぁ、そんなもの意味が無いって?金で買える罪などあるものか?そんなもので罪は消えてなくならない?その通り!
 「ん?どうした?意外そうな顔をして。ははぁ、僕の発言が意外だったかな。
 「僕は金が好きだ!愛しているし、信仰している!だからこそ金の限界を知っている!買えないものを知っている!
 「そう、罪を買うことはできない。“免罪符”なんて何の意味も無い。すべからく地獄行きさ。
 「まぁ、罰を買うことはできるけどね。だから、僕自身の考えとしては“罰換金法”に名称変更するべきだと思うけどね。
 「ただ、この法律自体が無意味だとも思うけどね。
 「あぁ、だってそうだろう?“罪罰換金法”で罪を帳消しにできるなら、それほどの財力があるのなら、そもそもこんな法律に頼らなくたって刑罰を受けない方法なんていくらでもあるんだから。
 「関係者を金で黙らせてもいいし、警察に賄賂を送ってもいい。証拠なんていくらでも消せるし、上手くやれば捏造して、他の誰かに被せることもできる。
 「ちょっと違うけど犯罪行為を手段とするなら、例えば、君を闇の中に消したいのなら、僕たちみたいのを雇うって方法もあるね。まぁ、あまりお勧めはしないけど。
 「ね、わかるだろう?こんな法律、刑罰を免れる事に関してはあまり意味をなしていないんだ。なら、何故こんな法律をつくったのか。こんな法律、金持ちにしか意味がないのに、金持ちなら必要ない。それでも、金持ち批判にしか繋がらない“免罪符”なんて法律を彼らはつくりあげた。
 「まぁ、真意があるんだろうけど。僕は正義を潰すためだと思ってる。
 「いくら金で刑罰を買って、なかったことにしても、行いに対する罪は消えない。“免罪符”によって罪を償う事のなかった人間を、許すことのできない人間が必ず現れる。
 「そう、“免罪符殺し”の君のようにね。つまり、君の様な正義の味方を焚きつけ、あぶり出し、おびき寄せ、駆逐する。“罪罰換金法”の裏の意味。
 「ま、僕が思ってるだけだけど、現に君は今、死を待つばかりだし、あながち間違ってはいないと思うよ。
 「さて、君が実は金持ち連中の掌で踊らされていただけの憐れな猿だと気付いたところで、終わりにしようか。
 「あぁ、君の話はきいたりしない。僕はサービス残業はしないんだ。じゃあね、正義のヒーロー」


 パンッ!



 「おい、カメラ止めろ!……ちゃんと止めたか?編集作業なんて金にならねぇ作業はしたくない。言ったろ?僕はサービス残業しない主義なんだって。
 「まぁ、残業代が出るなら別だけどね。
 「さて……これで君は死んだ。正確には正義のヒーロー“免罪符殺し”の君は死んだ。だけど、そんな仮面じゃない本質的な君は生きている。これから先も生きられるかは君次第だ。
 「そ、言ったろ?君には敬意すら抱いているって。
 「えぇっと、君は幼いころ交通事故で妹を亡くしているね。原因は妹さんの飛び出し、だけど相手の車がそこまでスピードを出していなければ、死ぬことはなかったかもしれない。運転手の名前は安堂浩一。君は彼を憎んだが、彼が裁判台に立つ事で君はその結果を受け止めるつもりだった。
 「しかし、彼は御堂コーポレーション社長、御堂祐によって“免罪符”が適用、懲役五年が一変、無罪放免となってしまう。それが、君の始まりだ。幼い君には御堂に復讐する事もできず、復讐ができるころには御堂はとっくに死んでいた。
 「そう、だから君は、誰彼問わず“免罪符”によって刑を逃れた人間を殺した。
 「まぁ、君が“免罪符殺し”になった理由を聞けば、誰にも君の気持ちがよくわかるだろう。でもね、君と同じ行動はしない。よくわかるだけだ。君みたいに人を殺したりはしない。
 「いいかい?人間てのは怠惰な生き物なんだ。やるべき理由があっても、やらない理由があれば、人はやらない理由の方に流れてしまう。人を殺すっていうのはね、とてもエネルギーが必要なんだ。気力も体力も使い果たしてしまうほどの重労働なんだよ。
 「だからやるべき理由があってもやらない理由を選んでしまう。人を殺してはいけないっていうのは自分に言い訳をするためだ。殺らなきゃいけない時でも法律や道徳を理由に殺らないで済ませるためだ。
 だけど、君は違う。怠惰に逃げず、勤勉に、やるべき時にそれを行なえる人間だ。僕はね、そういう人材を求めているんだ。だから、僕は小芝居をうってまでこうして君を生かしている。どうかな?僕にサービス残業をさせないで欲しい――僕は働き者が好きだからね」
HOME