「あー…だりぃ」
「だりぃとか言うなよ。だりぃって言われた方がだるくなるだろうが。マイナスは発散しても周りに連鎖するんだよ。あーだりぃ」
「いいじゃん、負の連鎖ってやつ?超かっこいい!!」
「バカか」
街としては非常に洗練された造りでそこかしこまで清掃の行き届いた小綺麗な場所で、小汚ないチンピラ二人の低レベルな会話が場違いに滞る。
そんな彼らを見て、上層の一般人達は無意識に軽蔑の眼差しを送る。そこかしこから「やーね」「うわ、チンピラ」「なんだあいつら。な、ちょっと離れて歩こうぜ」「な、なんか、怖い…」「大丈夫。俺がついてる」などと遠巻きにした声が聞こえてくる。
だが、彼らは欠片も周りを気にせず、やりたいように、好きなように振る舞う。
「今日はどうすんだ」
「どうでもいいけどさー、なんでこの街はこんなにバカップルが多いワケ?特に意味が分かんないのはさ、ガタイがいいだけのゴリラ&綺麗目なお姉さんが歩いてんの!あれ、なんでくっついたの?世界の七不思議に入るよ?ってレベル!ほら、例えばあれとかまさにそう!」
不意に前を通りすぎた入れ墨をした筋肉質の男と、花柄のワンピースにグラサンをかけたスラっとした女性のカップルに軽い調子でしゃべっていたチンピラの一人が目をつけた。
「てか、あのオネーサン超綺麗じゃない?マジ俺好みなんですけど!これは男として、いや漢として!行くっきゃないな……!」
「字変えてもかっこよくねーぞ」
「ハァーイソコノビューティホーオネーサーン」
男の雰囲気は見るからに堅気ではなかったが、チンピラの軽い方は気づいていないのか気にしていないのかそのままの勢いで絡みだす。
男は喋りかけてきたチンピラをギロリと睨みつけ、女性もまたそのまま無視しようとした。
しかし、チンピラはまるで気にせず「あれ、君どっかであったことない?ねえねえシカトしないでよー」とうざったく話しかける。
入れ墨の男は無言で拳を振るい、チンピラを転がそうとした。が、その攻撃をふわりと避け、チンピラは尚も喋り続けた。
「なっ!?」
ねえねえこっち見てよーシカトしないでーとうるさいチンピラに、一緒にいた女性も奇異の目を向けた。
「……よくできるよなぁ、あのテンション」
そう呟く相棒を尻目に、尚もめげないチンピラに、女性は若干の恐怖を覚え始めた。
入れ墨の男が軽くパンチを放ってもふわりふわりと交わすチンピラ。
「……てめえ、やるな」
「あれ?お兄さん、僕のこと認めちゃった?じゃあさ、ちょっとだけお願い聞いてくんないかなー。どっかに消えてほしいんだけど」
「俺は蒼竜会のもんだ。これ以上ナメた真似するなら、さすがに俺も黙っちゃいられねえ」
蒼竜会。
この近辺を牛耳るヤクザ一派の元締めだ。
予想以上に大物だったようで、相棒の方は冷や汗を流す。
だが軽い方のチンピラはむしろ嬉しそうに笑い、さらに軽薄な言葉を並べ立てる。
「あれー、じゃあオイさんヤクザってやつ!?すっげえ初めてみたよー!じゃあさ、そこのオネーサンは極道の女ってワケね、どうりで若干服装の趣味が悪いワケだー!はっはは!」
「……あぁ!!?」
自分の女を馬鹿にされ、入れ墨ヤクザは今度こそ本気で殴りかかった。
ボディーに重い一撃。
周りからけんかを写真に撮るような音が聞こえたが、頭に血が上っている入れ墨ヤクザは怒気を緩めることなくさらに畳み掛けた。
「……はぁっ、はぁ……おら、どうだこのくそガキ。蒼竜会なめてんじゃねえぞ」
チンピラ側は顔はガードしていたものの、腹部に何発ももらっていた。
(しかし……なんでこいつ立ってられんだ)
「あれ、もう終わり?」
軽い方のチンピラは防御の体勢を崩し、ケロリとした顔をして入れ墨ヤクザに向き合った。
「おっさん、ほんとにヤクザ?もうちょい鍛えないとダメだよ……抗争で殺されちゃうよ?」
「な……お前、なんで……」
「隆也、あと頼むわー」
軽い方のチンピラがそう呼ぶと、遠くから眺めていた相棒が近づいてきて、モバイルタブレットをかざす。
「これは証拠写真。あんたのしたことは、立派な傷害罪だ。これを持って交番にでもいきゃ、お前は監獄行きだ。どうせ違法武装もしてるだろうし、下手すりゃ十年くらいは出れないだろうな?それが嫌なら示談だ。百万よこせ」
「な……そうか、てめえらが最近噂の殴られ屋か!」
街で不良どもに軽薄な調子で近づき、勘に障る言葉で相手に手を出させてもう一人が写真を撮る。
証拠写真で脅迫し、示談金をせびるのが彼ら二人のやり口だった。
その誰もがチンピラの腹を殴るのに、全く効かないという。
金目当てに殴らせるので、殴られ屋と呼ばれている。
「なに、もうここでも知られちゃってんの?まっずいなぁ……そろそろ狩り場がなくなる」
「とりあえず、ここじゃあ目立ち過ぎだ。場所を移さないか?ヤクザさん。あんたもその方が都合がいいだろう」
確かに人通りの絶えない大通りの真ん中で、彼らは目立っていた。
「……いいだろう」
入れ墨ヤクザとチンピラ二人は薄暗い路地に歩いていき、女性は怯えながら去っていった。
「さて……」
そして路地に入るなり、入れ墨ヤクザは懐からナイフを取り出し、チンピラの写真係の方に切り掛かってきた。
「おいおい……そりゃないだろっ!」
間一髪で避け、服を切られるだけにとどめた写真係は必死に後ろに下がり、横にいた殴られ係が割り込む。
「サツに行っても捕まらずに済む方法はあるがな……やつらに借りを作るワケにもいかねえ。お前らを殺した方が街の為にもなる」
入れ墨ヤクザは、殺気をむき出しにしてこちらに向かい合う。
「隆也、下がってろ」
「おい、でも相手はナイフだぞ!?いくらお前でも無茶だっ!」
「いいから。お前はいつも通りシャッター準備しとけ。これは今までにないチャンスだぜ?」
「そんな……殺されるぞっ!?」
「はっはは。同じようなこと親父に訓練でやられたことあるから」
「はぁっ!?」
チンピラ二人が言い合っている間に、襲いかかってきたやくざが軽薄な殴られ係の方にナイフを一閃する。
しかし殴られ係はその閃跡を予想していたかのように避ける。
「ボクシング部全国大会準決勝まで行った俺の反射神経なめんじゃねえよっ……!」
チンピラはクロスカウンターの要領で突っ込んで来た相手にアッパーを繰り出した。
「あぐっ!」
アッパーは見事にアゴに入り、入れ墨ヤクザはその場に倒れ込み、気を失った。
「おっしゃ!隆也、写真撮ったか!?」
「あ、あぁ……バッチリ。あいつのナイフ振りかぶってるとこ」
「おっし!でもこいつノビちまってんなー。これじゃ俺ら流の示談ができねえ」
「殺されなかっただけ運がいいと思え。さっさと金になりそうなものだけ奪って逃げようぜ」
チンピラ二人は、いそいそとヤクザから財布を抜き取り、その場から走り去った。
「全く……なんとかぶっ倒したからいいものの、殺されたかもしんねえんだぞ。お前は自殺願望でもあんのか?もっと慎重に生きようぜ」
「俺は長生きに興味はないっ!」
「親が泣くぞ」
「俺の親父は特二だから、俺が犯罪に巻き込まれたって喜ぶだけだよ」
殴られ係のチンピラは、そう言ってふて腐れた顔をした。
それを雑居ビルの上から見下ろしていた一人の男。
「ふむ……なかなか使えそうな人材がいるな……」
西園寺はそう呟いて、持っていたナイフをノビている男めがけて落とした。