Bサイド.6
 ユースケ達は、スラム街へと向かっていた。
 閉じ込められていた施設から抜け出したユースケがなぜわざわざスラムに戻るのかといえば、仲間の中で唯一生き残っているであろうヨーコの行方をスラム漁りの男から聞き出す為だ。しかし金も何もない彼らは相変わらず軽犯罪によって食を保っていた。
 「しかし、ここらへんの街はなかなか住みやすそうだな。スラムみたいな競争相手もいないし、みんなそれなりに裕福で犯罪に無頓着なバカばっかりだ。スラムから出たことがなくて分からなかったけど……なぜみんなあそこに集まるんだろう」
 「子供が捨てられる時は大体あそこに捨てられるらしいよ。一応経済支援特化地域らしいし、週に何回か炊き出しがあったろう?僕なんかは貧弱だから、あれだけしかゴハンが手に入らなかったよ」
 「ゴンドー……お前、難しい言葉知ってる癖に貧弱すぎるんだよ。長く生きていたけりゃもっと鍛えたほうがいいぞ」
 「いやいや。運動するとおなかが空くんだよ?だから前は極力寝て過ごしてた。けど、こんなにゴハンが毎日食べられるのは初めてだよ。ありがとうユースケ」
 ゴンドーは、生活苦難者保護法によって集められた子供達の中でいじめられていた。そこをユースケに助けられ、今は行動を共にしている。
 「ん……」
 「どうした?ユースケ」
 「いや……なんでもない」
 ユースケは道行く人の一人に目を留めた。
 通りがかったこの街はスラム街と比べればみな経済的に困らない生活を送る者達が住んでいる。その為行き交う人々も服装に気を使い、それなりのおしゃれをしている。そんな着飾った人々を見慣れていなかったユースケだが、その人を見た時、まるでそれ以上の衝撃を受けた。
 (なんて綺麗な人だろう……)
 衝撃を受けていたのはユースケだけではない。周りの人も思わずといった形で見とれている者が何人かいたし、ゴンドーはユースケの視線を追ってそのままそこで視線が釘付けになっていた。
 女性の名は芽資t《めおかなで》。肌が白く、クリッとした目で少し茶色い髪の彼女は周りの視線を釘付けにしていることなど意に介さず、別の物思いにふけっていた。
 (どれがいいかしら……やっぱり、がっしりした体型の人の方が面白いかしら)
 おしとやかな容姿とは裏腹に、彼女の心中は獲物を狩ることでいっぱいだった。
 「ねえ君。綺麗な目をしてるね。よかったらお茶しない?」
 そんな彼女に、声をかける男性。パキっとした印象を与えるジャケットに黒のスラックス。年は二十代かそこらに見えるその男性は、自信に満ちた表情で彼女を誘った。
 爽やかな顔つきだが割と筋肉質なその男に、彼女は相手を決めた。
 「お相手致しますわ。この先にいいカフェがありますの。よければそちらに……」
 「ええ!いきましょう!」
 二人は連れ立って歩いていった。終始そのやりとりを見つめていたゴンドーは羨ましそうに呟いた。
 「やっぱり世の中、金と顔だよな……」

 路地を入った先。誰も通らないような暗がり。そんなところに何故連れてこられたのかを想像し、男は更に自信に満ちた表情を強める。
 「こんなところで何をするんだい?君はそんな大胆な子には見えないが……人は見かけによらないってことかな?」
 「うふふ。少し黙って頂けます?私あなたの声には興味ありませんの」
 「なに?」
 奏は妖艶に笑い、醜悪に口を笑みの形に歪める。愉しそうに、彼女は懐から大振りのハサミを取り出した。
 「私が興味があるのは……あなたの体だけ」
 「なっ……!まさかお前が最近噂の殺じっ」
 奏は、男の言葉が終わる前に素早く近づき男の首にそのハサミを突き立てた。血が吹き出し、ヒューヒューと喉が鳴り、裂かれた筋肉が蠕動する。その様を、彼女は食い入るように見つめていた。
 「あぁ……綺麗だわ、あなた。やっぱりがっしりした男の人を選んでよかった」
 そしてハサミを抜き、男の服を手早く切り裂きその胴体にも刃を入れる。断裂する人体から、映画のように血が出てくるのを見て、彼女は快感を感じていた。
 (これだわ。私が求めていたものは、これだったんだ!!)
 奏は裕福な家の生まれだった。
 幼少の頃からピアノとバイオリンを習い、家庭教師に勉強を習っていた彼女は学校でも一番の成績で、才色兼備の彼女は皆の憧れの的だった。
 だが、彼女はそんな自分の努力にも、周りからの尊敬にも、ハンサムな男性とのお付き合いにも感動や快感を感じる事はできなかった。
 しかし、ある時友人に勧められチェーンソーを持った男の映画を見た。奏を怖がらせて楽しもうとしたのだろうその友人達の前で、それまでスプラッタ映画など見たことがなかった彼女はその映像に釘付けになった。その後こっそりとそういったジャンルの映画を漁り、また文献も読むようになった。人体の切り裂かれる様を見、その際に流れる鮮血に憧れ、そして鍛え抜かれた筋肉が引き裂かれていく様を見ている事にたまらない快感を感じる事に気づいた。更には、生きている人間を生で引き裂いたらどんなに美しいだろうと妄想するようになった。
 しかし、そんな異常な思考を持っている事は誰にも言えなかった。当然だ。そんな醜悪な思考を持った人間は排除や畏怖の対象になる。実際に行動に出たら捕まるし、そんなことは分かるくらいには奏は常識を持った人間だ。
 だが、最近のニュースを見て衝撃を受けた。人体を開きにする猟奇殺人事件。まさに自分のやりたかった行いを誰かが先にやってしまったのだ。犯人はまだ捕まっていないというが、なんと羨ましいことだろう。
 自分も、生の人間を切り裂いてみたい。
 居ても立ってもいられなくなった彼女は、街に繰り出した。犯人の真似をすれば、もしかすると代わりにそいつが捕まって事件は終わるかもしれない。最悪捕まったとしても親が免罪符を買ってくれると考え、奏は遂に実行してしまった。
 一緒に持ってきていた包丁を取り出し、奏は人間捌きにとりかかる。予想以上に時間がかかる作業だったが、奏は恍惚とした表情で作業を進めていた。異常な快感を感じていた彼女は終始、無言で楽しくて仕方がないという顔をしていた。しかしさすがに時間がかかりすぎ、滅多に人の通らないその通りに人が通りかかってしまった。
 「ひぃっ!?何をしてるんだあんた!?」
 薄汚れたジャンバーに擦り切れたズボン。汚らしい格好のその男は、奏を見て怯えた表情をして立ち尽くしていた。
 奏は人体捌きに夢中で覚醒剤をキメたようにうっとりとした顔で、その男の方に顔を向けた。
 「まぁ……見られてしまっては仕方ありませんね。あなたも捌いて差し上げますわ」
 奏は走ってその男に包丁を刺そうと突進した。しかし男は奏よりも遥かに素早い動きでそれを避け、懐から取り出したペティナイフで奏の首を切った。
 (えっ……消えた?)
 奏はその男が何をしたのかも理解できないまま、首の出血で死んだ。
 「なんだろうこの人……すごく綺麗なのに。まるで、僕の真似をしてたみたいだ」
 急に現れたその男は、ものすごく面倒そうにため息をついた。
 「全く……粗い仕事をするやつがいるもんだ。後始末をする方の身にもなれよな」
  男はそう愚痴りながら、先程の奏と同じように愉しそうに人体捌きを始めた。

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