パソコンの悪魔D
有馬優乃が“あおくろ”と出会ったというSNSサイトを良子は開いていた。
なぜか、パソコンを前に椅子の上に正座して良子は固まっていた。
さて、どうしよう?そういえばSNSなんてやった事に良子はいまさら気がついた。
良子はとりあえずSNSとやらを始めれば何とかなると思っていたので、具体的な方法はおろか、SNSがどういうものであるかも詳しく理解をしていなかった。
聞いたことがあるレベル。とりあえず登録をすればいいのだろうか。
〈このサイトは特に、招待などが必要の無いもののようですね。とりあえず登録してしまいましょう〉
固まっている良子の肩の辺りを漂っているいーちゃんが提案した。
登録しない事には始まらない。良子は情報を入力していく。
それを見ていーちゃんがすぐにストップをかける。
〈良子様、本名をご入力なされるのはお控えになられた方がよろしいかと〉
「え?だけど……」
本名(※必須)と表示されている。良子はいーちゃんの言葉に首を傾げた。
良子の質問にいーちゃんは小刻みに体を伸縮させる。
〈確かに、実際のお知り合いの方と交流したり、旧友を探すには本名をご入力された方がよろしいかと存じますが、今回の目的はSNSを楽しむためでなく、あくまで“あおくろ”なる人物の情報を集める事。※必須と書いてありますが確認などはございません。こちらの情報を知られないようにするという意味でも偽名を入力された方が無難かと〉
いーちゃんの言う通りだ。今回の目的は“あおくろ”の情報を集める事。
戦いはすでに始まっているのだ。良子は個人情報入力欄に出鱈目を打ち込んでいく。
〈もちろん“あおくろ”なる人物も、素直に個人情報を入力したりはしていないでしょう〉
いーちゃんが補足を加えた。
良子は頷く。
「本当の情報を引き出すのが今回の作戦の目的ってわけね」
思っていたよりも骨が折れそう。良子の想像以上にネットの中というものは嘘と本当が入り混じっているようだ。まして相手はそんなネットの世界で犯罪行為を行っている。良子より一枚も二枚も上手だろう。
良子は気を引き締める。情報を引き出すはずが、逆に情報を引き出されて罠に嵌められてしまってもおかしくない。そんな相手とこれから戦うのだ。
情報の入力を終え、登録を済ませる。
SNS内での良子のページ。メールの送受信や、日記を書いたり、友人を検索したりするためのこのページが今から良子の戦場になる。
まずは“あおくろ”を検索する。
検索フォームに入力すると、ニックネーム“あおくろ”が一覧表示される。
何人もの“あおくろ”の中から、優乃を脅迫している犯人を見つけ出さなければならない。
事前に優乃から聞いておいた“あおくろ”のプロフィールや、SNS内での外見となるアバターを照らし合わせていく。
「見つけた!」
七人目でなんなく犯人である“あおくろ”を見つけ出すことが出来た。
情報を引き出すためには、まずは友達申請をしてメールのやり取りなどをしなければならない。
友達申請。相手が許可すれば、ボタン一つで友達になれる。現実ではありえない気軽さだ。
『はじめまして!よろしければ、お友達になっていただけませんか?』
メッセージを入力して友達申請ボタンを押す。
しばらくすると良子のメッセージボックスに新着メールが届いた。
予想以上に早い返信。おそらく獲物を探すため、SNS内で網を張っているのだろう。
一時間も待たずに届いた“あおくろ”からのメールを開く。
『どうもー、はじめまして。あおくろです!こちらこそ、ぜひお願いしまっす。メールいつでも歓迎!よろしくね☆』
過度な絵文字の無い。それでいて軽い感じのメール。
良子はさっそく返信する。
『あおくろさんは本当の名前は何ていうのですか?』
〈こんの、クソボォケェ、があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!〉
「へぶし!」
いきなり、激昂したいーちゃんに体当たりされ、良子は思わず変なうめき声を上げて椅子から転げ落ちた。
〈アホかオメェは!つうかアホだろ!何やってんの?いきなり本名聞いて答える馬鹿がいるとでも思ってんのかぁ?この馬鹿がぁ!〉
良子の頭上で怒鳴り散らすいーちゃんから血が飛び散ってくる。体当たりされた分と合わせて良子は血まみれになってしまった。
良子は事態が飲み込めず、クエスチョンマークを浮かべながら、いーちゃんを見上げる。
〈ったくよぉ、クソ悪魔に突然呼び出されたと思ったら、こんなクソアバズレを押し付けやがって〉
いーちゃんは唾を吐くように血液をベッ!っと吐いた。
「いーちゃん、貴方、キャラ変わってない?」
良子は椅子の座るところに上半身を預ける形で体勢を立て直す。
〈あぁ?もうメンドくせぇんだよ、ここにはクソ悪魔はいねぇし、テメェは馬鹿だし〉
いーちゃんに口があったら今すぐにでも煙草をくわえそうな勢いだ。キャラが変わりすぎだ。馬鹿丁寧な言葉づかいが、馬鹿を連呼する乱暴な口調に変わっている。
「今までのはいったい……」
何だったのか。ショックを隠しきれない良子に、いーちゃんは吐き捨てる。
〈んなもん、キャラ作ってたに決まってんだろ。俺は別に望んであのクソ悪魔に付き従ってるわけじゃねぇんだからよぉ。とりあえず、従順なフリをしてんのよ。でもって、まずは信用させて油断させたころに隙を突いてぶっ殺す!〉
腹黒い!なに、この子!良子はショックで突っ伏してしまった。
〈おら、寝てんじゃねぇよ、馬鹿女!あんなクソ悪魔の命令でも、こちとらこなさねぇといけねぇんだからよ。とっとと終わらせて俺を帰らせてくれつうの〉
こちらこそ、とっととお帰りいただきたい。良子はいーちゃんの罵声を浴びながら力なく立ち上がり、椅子に座る。
「はぁ……」
思わずため息が出た。
〈何、溜息ついてんだよ、この役立たずが!溜息つきてぇのはこっちなんだよ!いきなり本名をきくとか、馬鹿でもしねぇことしやがって、これでこのSNSは使えなくなっちまったじゃねぇか!〉
「え?どうして?」
悪態をつきながらブツブツと次の作戦を考え始めたいーちゃんに良子は純粋な疑問を訊ねてみた。
〈んなこともわかんねぇのかこの馬鹿が!警戒されるからに決まってんだろ!むこうも危ねぇ橋渡ってんのは覚悟してんだ!そんな中、いきなり本名きいてくるような不自然な奴がいたら警戒すんに決まってんだろうが!テメェの頭ン中はお花畑か!下手すりゃ向こうは警戒してこのSNSから消えちまう。そしたら手がかりはゼロだ!それぐらいのボケをかましたんだよ、テメェは。少ない脳みそ使って全力で反省しろこの馬鹿女が!〉
胃に穴が開くんじゃないかと思われるほど激昂するいーちゃんに、良子はパソコンの画面を指で示す。
「でも、これ」
良子が示したパソコンの画面上には“あおくろ”からの新着メールが表示されていた。
『ははは(笑)いきなりそういうことを訊くのはマナー違反だよWアバターもいじってないみたいだし、もしかしてSNSとか初めてなのかな?違ったらごめんだけど、良ければ詳しく教えてあげるよ』
目が無いのにどうやって見ているのかはわからないが、いーちゃんがメールを見て呟く。
〈っ、あまりにも馬鹿すぎるメールが素人っぽさ丸出しで逆に警戒を解く事になったのか?世の中なにが起こるか……って、なにドヤ顔してやがんだこのボケがぁぁぁぁぁぁ!〉
良子はいーちゃんから二回目の体当たりをくらって、再び血まみれになった。
〈たまたま、上手くいっただけだろうが!この腐れ淫売がぁ!〉
遂に怒りで、いーちゃんの体に穴が開いた。
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