パソコンの悪魔E
 “あおくろ”とSNS内での接触に成功してから一週間、良子は暇さえあれば“あおくろ”とメールのやり取りをしていた。
 良子が“あおくろ”とやり取りしているSNSは携帯版もあるらしく、学校では良子はずっと携帯をいじっていた。
 面白い。それが良子の正直な感想だった。暇な時、気軽に話し相手を見つけ、誰かと繋がっていられる。特に授業の合間や昼休みにこれといって話し相手のいない良子にとっては孤独感を埋めてくれるものでもあった。多くの人間がSNSを利用するのも理解できる。
 それに“あおくろ”はメールのやり取りが上手かった。何気ない事から、真剣な事まで、やさしく親身になってくれた。
何も知らなければ騙されていてもおかしくは無い。
 しかし“あおくろ”の本性は悪であると断じざるを得ない。暴力的で狡猾。
 良子は、そんな相手を出し抜き、情報を引き出さなければならない。
 それなのに。

 〈未だ、収穫はゼロか“あおくろ”の野郎、どうでもいいことは何でも答えるくせに、いざ重要な事になるとのらりくらりとかわしやがる〉

 ある日の晩、パソコンに向かう良子の横で、もはや本性を隠す素振りすら見せずいーちゃんが毒づいていた。
 いーちゃんの言う通り、日常的な会話は頻繁に交わしているが“あおくろ”の素性については何一つ情報を得られてはいない。
 パソコンのモニターに映し出された“あおくろ”と交わした過去のメールの内容を眺めながら良子は考え込む。
 やはり、一筋縄ではいかない。
 どうにかして相手の名前を引き出さなければならない。
 なにかしらの方法があるはずだ。せめて、何かヒントだけでもつかめないものか。
 なんらかのなにかをなんとかしてなんでもいいからなにかないのか?何か。なにか。ナニカ。
 頭を抱える良子の横で、いーちゃんが過去のメールを読み上げる。

 〈ったく『今日は三軒もコンビニに寄っちゃった(笑)駅から家までのコンビニ全制覇☆』だの『せっかく早く帰れるのに人身事故で電車止まってるよ』とか、どーでもいいっつうの!テメェの私生活なんて欠片も興味なんかねっつんだよ、カスが!〉

 え?今の何?何か、いーちゃんの言葉になにか――
 ――ひっかかる。

 「今の!もう一回言って!」

 良子はつい大声を出してしまった。

 〈この、カスがぁ!〉

 耳を劈かんばかりにいーちゃんが叫び返した。

 「なんで今、罵られたの?そーじゃなくて!」
 〈あぁ?こいつの私生活なんて欠片も興味ねーよなって話だよ〉
 「それはそうなんだけど、そーじゃなくて!その私生活のメールの内容!」
 〈はぁ?『今日は三軒もコンビニに寄っちゃった(笑)駅から家までのコンビニ全制覇☆』ってのと『せっかく早く帰れるのに人身事故で電車止まってるよ』ってやつか?こんなメールの内容がなんだっつんだよ〉
 「人身事故で電車が止まってる……それ!」

 閃いた!
 良子はメールの送信日時を確認して、路線情報のサイトを開き、検索欄に先ほど確認した日時を入力する。

 「やっぱり」

 予想通りの結果がパソコンのモニターに表示され、良子は口の端を上げた。

 〈なにがやっぱりなんだ?わかるように説明しやがれアホンダラ〉

 興味深げに訊ねるいーちゃんに、良子はパソコンのモニターを指差す。

 「いい?“あおくろ”が『せっかく早く帰れるのに人身事故で電車止まってるよ』ってメールを送ってきたのが三日前の午後7時58分。今、路線情報サイトで調べたところ、三日前の午後7時〜8時の間に人身事故で運転を見合わせていたのは、この路線だけ」
〈なるほど?で?〉
 「さっきのメールでもう一つ大事なのが『せっかく早く帰れるのに――』ってところね。早く帰れるのにって事は“あおくろ”はこの時、帰路についていて、かつ、この路線を使って自宅に向かっていることがわかるわ。ここで『今日は三軒もコンビニに寄っちゃった(笑)駅から家までのコンビニ全制覇☆』っていう内容のもう一つのメールの内容が活きてくる」

 良子はそこまで説明すると、キーボードを叩いて地図を画面上によびだした。
 駅の周辺地図を三つ、それぞれ別のウィンドウに表示させる。
 良子はわかりやすいように指で地図を指し示しながら悪戯っぽく笑う。

 「これはさっきの“あおくろ”が帰り道に使っている路線上の駅周辺地図なんだけど、コンビニの場所わかるかしら。『――駅から家までのコンビニ全制覇☆』ってことは、三軒のコンビニを通って帰っているはずだから、そのルートは」

 良子は表示された地図の一つで、いくつかのルートを指でなぞる。

 「この駅なら、コンビニを三軒通るルートは2つ。もし、“あおくろ”が降りるのがこの駅なら“あおくろ”の自宅は、この2つのルートの先にあることが推測できる。ざっと調べただけでこれだけの候補が導き出せる。そして、これらの候補を絞っていけば、彼の自宅にたどり着く」
 〈おいおいおいおいおいおいおいおいおい!悪魔みてぇな女だな!〉

 良子の言いたいことを理解してくれたのか、いーちゃんが痙攣するように小刻みに震えた。
 悪魔の使い魔に、悪魔みたいだといわれるのもどうかと思うが、良子は思いついた作戦を発表する。

 「つまり、何でもないような細かい情報でも、集めれば推測が立てられる。さらにその推測を集めて照らし合わせる事によって、新しい推測と情報を導き出せる。それを繰り返して絞り込んでいけば、おのずと結果にたどり着くことができる。どうかな?この案」
 〈予想より、早く魔界に帰れそうで嬉しい限りだ〉

 良子といーちゃんは頷きあった。作戦開始だ。
 二人で“あおくろ”との過去のメールから使えそうなもの、『場所』や『時間』に関係することが書かれているメールをピックアップしていく。

 「問題は、私と話を合わせるために嘘の内容が書いてあるメールもあるって事ね」

 相手は良子の信頼を得るためや、良子に興味を持たせるように嘘や脚色したメールもかなりの数を送ってきているはずだ。
 偽の情報を見極められなければ、この作戦は成り立たない。
 答えにたどり着けないどころか、間違った答えを導き出してしまう。

 〈はっ!心配いらねぇ。その辺は俺に任せな〉

 自信満々に震えるいーちゃんを良子は見つめる。

 「嘘の情報がわかるの?」
 〈まぁ、他のメールの内容と照らし合わせていけばよぉ、矛盾が生じんだよ。それに、見栄張ってる時ってぇのは、おのずと全体的に大げさになっちまうもんだから、嘘くせったらありゃしねぇ。媚売ってんのも似たようなもんだ〉
 「なるほど」

 いーちゃん凄い。良子は感嘆の声をもらした。
 いーちゃんは尊大に羽を広げる。

 〈俺を誰だと思ってやがる。魔界一、腹黒い俺に見抜けねぇ建前なんざ一つも無いぜ!〉

 いや、えばれる事じゃないと思う。
 だけど助かる。
 良子はメールの選定作業をいーちゃんに任せて、自身は情報を検証していく事にした。

 『今日は駅前の立ち食い蕎麦で朝ごはん』『電車待ちの間にちょっと本屋』といった情報から周辺に該当する店や施設のある駅を絞り込む。
 『接続が上手くいってない』『次の駅で急行に乗り換えようか考え中』などのメールから線の接続、急行の停車の有無を調べる。

 他にもメールの送信日時から、出かける際の目的地までの時間や、利用駅の時刻表を割り出していく。
 そうした情報から“あおくろ”の自宅からの最寄り駅をまずは確定させる。
 『コンビニ近いからすぐ買いに行っちゃうんだよね』『クリーニング屋、まじ遠い』といった内容のメールから“あおくろ”の自宅周辺の店舗、そこまでの距離を調べ、確定した駅の地図から条件に当てはまる住居を探し出す。
 この時点で、二つの候補が浮かび上がった。
 一つは戸立て、もう一つはアパート。
 これは『隣の部屋から聞こえてくる音楽、超懐かしい』とか『二階は上り下りが面倒くさいよ』といったメールのやり取りをしていたのですぐにアパートだということがわかった。
 アパート居住者の名簿と、優乃から聞いていた“あおくろ”の人物像を照らし合わせると、一人の該当者が浮かび上がる。

 「……見つけた」

 良子は疲れた目を擦る。外は薄明るくなり始め、かすかに小鳥の声が聞こえてくる。

 〈お、おぉ。やっと、見つかったんかボケェ〉

 夜を徹して行われた作業に、いーちゃんはへろへろになって飛んでいた。

 「やった!ちゃんと見つけたよ!いーちゃん!」

 良子は達成感と喜びで、思わずいーちゃんを抱きしめた。

 〈ちょ、おまっ、やめろや〉

 もがくいーちゃんを良子は構わず抱きしめる。

 「良かった。ちゃんと見つけられて。最初はどうなるかと思ったけど、私、ちゃんとできた。いーちゃんのおかげね」
 〈お前が馬鹿なりに頑張ったからだろ?“あおくろ”を見つけられたのもテメェの案だ。俺ァその手助けをしたにすぎねぇよ……つーか!いつまで、抱きついてんだよ!アバズレがぁ!服が血まみれになっちまうだろうが!この馬鹿が!とっとと離しやがれ!〉

 いーちゃんは血を滴らせながら良子の腕から飛び立った。

 〈とにかくお手柄だぜ、馬鹿女。俺は“あおくろ”の本名をクソ悪魔に伝えにいく〉

 いーちゃんの言葉に、良子はハッとする。

 「本名がわかれば良いって言ってたけど、それでどうするの?」

 良子の質問に、いーちゃんは忌々しそうに舌打ちする。

 〈知らねぇけど、あのクソ悪魔の事だ“あおくろ”にとっちゃあ、最低最悪、死にたくなるほど面倒くせぇ事になるのは確実だな〉

 言い捨てて、いーちゃんはパソコンのモニターに身を沈める。
 そのまま消えようとするいーちゃんに良子は感謝を伝える。

 「ありがとう。いーちゃん。いーちゃんのおかげで助かったわ」
 〈はっ!悪魔でも思いつかねぇ様なえげつねぇ発想しやがって。俺はお前が気に入ったぜ良子。俺がクソ悪魔をぶっ殺して復活した暁にゃあお前を嫁にもらってやんよ!〉

 カハハハハと盛大に笑いながらいーちゃんは闇に飲まれていく。
 良子は、いーちゃんを見送りながら思った。
 是非ともご遠慮させて頂きます、と。


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