パソコンの悪魔H
え?良子の思考が止まる。助けに来てくれたのではなかったのか?
「おーい、何回言わせるんだよ、良子ちゃん!俺様、悪魔なの!悪魔が無料で助けてくれるわけ無いでしょー?助けて欲しいなら、それ相応の対価をもらわないと!魂とか魂とか魂とかね」
悪魔は笑いながら良子の腫れた頬をぺちぺちと叩いた。
良子は力ない声を上げる。
「協力してくれるって……お互い認め合って……」
「まーねー。最初は良子ちゃんの魂が美味しく育つまで待とうと思ってたんだけど、なんだか雲行きが怪しいじゃん?良子ちゃんの心が折れかけて、魂の輝きが弱くなってきてるからさぁ、貰える物は貰っとこっかなって。実際チャンスじゃん?今なら良子ちゃん絶対、俺に願い事するだろうし」
ちょっと買い物に行くかのように悪魔は言ってのけ、視線を良子を囲む男達に向ける。
「願い事しないと、良子ちゃんこれから壊されちゃうし」
満面の笑みで語る悪魔を良子は呆然と見つめていた。
ひどく裏切られた気分だった。
仲間だと思っていた。
有馬優乃が嘘をついていたことよりも、“あおくろ”に襲われている事よりも、何よりも、悪魔の言葉に良子は傷ついた。半身をもがれたように哀しくて辛くて、悔しかった。
許せなかった。
「で?どうする?お願いしてみる?助けてくださ〜いって。さぁ!願えよ!悪魔に魂を売り渡せ!魂をよこせ!」
聞くだけで気絶しそうな禍々しい声で悪魔は叫び、要求した。
「お断りよ!貴方に願う事なんか何も無い!貴方なんかに渡す魂なんてない!」
馬鹿な事を言っている。声を張り上げながら良子は思った。
良子は無力だ。悪魔に願わなければ良子は“あおくろ”達に蹂躙されてしまうだろう。
わかっている。
だけど良子はそれ以上に許せなかった。悪魔も悪魔に頼ろうとした自分も。
だから覚悟した。どんなに穢されても負けない。こんな悪魔に決して魂はわたさない。光り輝く魂を、もち続けてやる。
「……残念だ。あぁ残念だ。残念だ」
言葉とは裏腹にどこか楽しげに悪魔は呟いた。
魂を得ることができないとわかれば悪魔は良子を見捨てて帰るはずだ。
良子はそう思っていたが、悪魔が動く気配は無い。
良子が穢される姿を見て楽しむつもりなのだろうか。
自身の想像に良子は悲しくなる。
最低最悪の悪魔め。
「良子ちゃんの魂が手に入らなくて残念だし、なによりお前らが残念。残念ながらお前らの地獄行き決定!」
悪魔が“あおくろ”を両手で指差しながら舌を出す。
良子は耳を疑った。
「なに勝手なゴフゥ!」
“あおくろ”が悪魔の肩を掴んだ瞬間、悪魔のこぶしが“あおくろ”の腹にめり込んだ。
ありえないことに“あおくろ”の足が地面から20センチほど浮いた。
「おげぇ」
“あおくろ”が赤の混じった吐瀉物をぶち撒ける。
悪魔は良子を守るようにソファの前に立つと口の端を釣り上げる。
「まさか良子ちゃんが俺にお願いするのを拒否するなんて思わなかったからさ。良子ちゃんの魂がもらえなくて俺ってば超ブルー。残念極まりない。残念極まりないけど、最高だ!良子ちゃんサイコー、良子ちゃんの魂サイコー、それに目をつけた俺サイコー!ますます欲しくなった!手に入れたい!いや、手に入れる!必ず俺のものにしてやる!」
飢えた獣のように涎を流しながら、悪魔は血走った眼を天に向ける。
まるで、神に向かって宣言するように、宣戦布告するように叫ぶ。
「こいつの魂は俺のもんだ!他の誰にも汚させねぇ!」
そこから先は悪魔の独壇場。
目を覆いたくなる地獄の光景。
聞いたことも無いような悲鳴と人には発声できない笑い声が部屋中に響き渡る。
泣いて許しを乞う男を殴りつけ、気絶した男を無理矢理起こして笑いかけ、動けない男の指をへし折り、土下座して謝る男を無慈悲に蹴り上げた。
悪魔は笑いながら全ての所業を行った。
悲鳴が枯れたころ、悪魔が指を鳴らす。
「そんじゃ、大ちゃん!連れてっちゃって!」
悪魔の場違いに明るい声を合図に、床が一面、蠢く腸に変わる。
床に倒れていた男たちは蠢く腸に絡みとられ、飲み込まれていく。
「ひぅ……やめっ!助けて……」
最後の力を振り絞っての懇願も悪魔の耳には届かない。
男達を飲み込むと、大きなゲップを鳴らして床を埋め尽くしていた腸は消え、床は何事も無かったように通常のものに戻った。
悪魔は満足そうに鼻から息を出すと、良子の方を向いて笑った。
照れ隠しのようにぎこちなく笑う悪魔がとても人間臭くて――
――良子はそれを見た途端、なんだかホッとしてしまって、意識が闇に沈んでしまった。
その闇の中は安心感に満ちていて、とても心地のいいものだった。
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