11 :
ワールドコード
(わ、わわわわわわ)
真名はショーウィンドウに映る自分の姿を見て、慌てて胸元を隠すように両手を合わせた。
ウィンドウに映る顔が見る見る赤く染まっていく。
真名は恐る恐る辺りを見回した。
(壊れてるものは特に無し…怪我人も…良かった…転がってない)
真名は少し安心して溜息を吐いた。
(…頭が痛いことには変わりないけど)
デパートか何かのショーウィンドウに映る自分の姿を見て、真名は力なく眉間に皺を寄せた。
心を落ち着けるように、真名はポーニーテールにされていた髪を解き、ピアスだらけの耳を隠すように整える。
(私、何やってるんだろう…勝手にヘソ曲げて…きっと狩野さんのとこにも行ったよね…)
(…この格好で?)
(………………………………うわぁああああああぁぁぁもぉぉぉぉおおぉぉぉ)
改めて、腹や太ももが惜しげもなく晒された露出度の高い自分の服装を見て、真名は固まったまま頭の中で悲鳴をあげた。
(うう…なんか涙出てきた)
恥ずかしさを通り越してなんだか哀しくなってきたので、それを振り払うように頭を振った。
(ダメダメ…自己嫌悪に陥ったら、またおんなじ事の繰り返しになっちゃう)
真名は何かを決意するように顔をあげ、ガラスに映る自分を見つめる。
(私だけで、枯庭さんを見つけ出そう)
映る自分に頷いて、真名は通りを歩き出した。
大通りを、決意を込めた眼差しで颯爽と歩く美少女に、行きかう人々が振り返ったが、真名は途方に暮れていた。
(…ここ…どこだろ?)
翌日、研究所の奥で、狩野はプリントアウトされた資料を眺めていた。
「枯庭豊の件からは手を引いたんじゃないの?不可解な点はあってもただの殺人事件なんだろ?」
ミハエルの問いに、ベットに横たわったまま、資料を眺めて、所々で線を引いたりしている狩野は答える。
「あぁ、奴は自分で手を下してる。どうせ高瀬のボケが捕まえるんだろうが、正義の体現者気取ったエセ聖人様がムカつく事には変わりねぇからな。ま、暇つぶしだ」
「真名がいないからね」
「どういう意味だ」
「そういう意味だよ。全く、暇つぶしに付き合わされる身にもなって欲しいね」
「お前の無駄な時間を俺の有意義な暇つぶしに使ってやってんだから感謝しろ、崇め奉れ」
「はぁ、真名がいないと、狩野の凶悪な顔を見なきゃいけなくなるから気が滅入るよ」
「俺も引き篭もりの陰気なガキの面を見てると殺したくなるね」
「あぁ、真名、早く戻ってきて!オッサンが超、機嫌悪い」
「真名真名うっせぇな、ほれ、無断欠勤してる同僚の分も働けヒマ人」
「はいはい、わかったよボス。次は被害者の犯罪歴、その捜査資料と…ん、狩野、これは?」
ミハエルは狩野に渡されたメモにある名前を見て首を捻った。
「あぁ、俺の読みが正しければ、そいつが次に殺される」
狩野は、死神を連想させる確信めいた笑みを浮かべた。
(よーし、頑張るぞー)
表情や動作に全く表れてはいなかったが、真名は意気込んでいた。
先日、訪れた殺人現場の近くの公園で、真名は深呼吸する。
そして、普段かけ続けている能力のブレーキを解く。
枯庭の能力の残滓を追う、彼が行った行動の形跡を追う。それは、猟犬が匂いを嗅ぎわけ追うのに似ていた。
時間が経てば匂いは薄れていく、同じように枯庭の跡も、世界に与えた影響も時間が経てば薄れていく。
真名はかすかな匂いを探すように、能力の感覚を広げていく。
そこで、真名は違和感に気づいた。見られている。
姿は見えないがこちらを注意深く監視している人間がいる。手を伸ばすように、その人物に能力を合わせる。
(高瀬さんが付けた監視か)
高瀬の不快な感触を感じて、真名は顔をしかめる。
(やっぱり、あの人は信用できない。見張りを付けるなんて…あとで狩野さんに)
そこまで考えて真名は首を振った。
(ダメダメ、犯人を見つけるまでは狩野さんには連絡しない)
うん。と頷いて真名は枯庭豊の追跡を再開した。
さらに翌日。ベットに腰掛ける狩野にミハエルが声をかける。
「真名、今日もこないね」
「どこをほっつき歩いてんだかあのガキは」
「狩野、貧乏ゆすりするの止めなよ」
人が死んでいた。
その日も真名は枯庭を探していて、ソレを見つけた。
薄暗い闇の中で、真名の目の前に転がるモノは人という存在が血液と一緒にアスファルトに染み出してしまっていた。
乾ききっていない血溜まりから、まだ熱の醒めない枯庭の殺意と被害者の悲鳴が真名を浸食していくように染み込んでくる。
(なんで…痛い。殺す。死ね!…間に合わなかった…やめて!悪くない。存在を許さない。誰。死にたくない。許さない!違う!違う…違う!これは私の意志じゃない!)
耐えるように佇む真名の肩に後ろから手が置かれる。
「死後、数時間といったところか。あまり近寄るな」
高瀬が真名の見張りに付けていた男がいつの間にか現れ、現場保持のため真名を端にどけようとする。
「こんなに早く高瀬さんの言ったとおりになるとはな、お前も参考人として拘束させてもらうぞ」
そこまで言って、男は気づいた。男は殺人現場を見て固まる少女をどかしたはずだ。少なくとも男が少女の前に出ることが出来るようにしたはずだ。
体格も良く、日々の鍛錬も欠かさない彼が、それなりに力を込めて少女の肩を押しのけたにも関わらず、少女はその場から少しも動いていなかった。
少女の悲鳴を堪えるような沈黙は言いようのない威圧感を持ったものに変わっていた。
悪夢に迷い込んだような気味の悪さに男は思わず唾を飲んだ。
「お…おい」
男の声に少女がゆっくりと振り向く。
「なんだ、まだいたのかよ、このドブネズミが」
少女の整った唇からまるで別人の様な凄惨な声色が響いた。
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