12 :
ワールドコード
狩野は高瀬からの連絡を待っていた。
机の上には様々な資料とそのコピーが散らばり、それぞれ、線や、丸やメモが書き足されていた。狩野は枯庭の能力に迫りつつあった。
被害者のデータ、枯庭の行動、事件の状況、証拠、方法、順番、法則。
その中から導き出される仮定によって、狩野は次の被害者の予測を立てるに到った。
そして、昨日、ミハエルに出させた次の被害者になるだろう指名手配犯の捜査資料に狩野は引っかかりを覚えた。
"伊藤洋太"、次に殺されるであろう男の指名手配されるに到った事件の資料を徹底的に洗い直し、ミハエルに当時のシミュレーションモデルを作らせ、新たな証拠を加えたものを高瀬に送りつけた。
その結果が狩野の予想通りであれば、それは枯庭に対して最大の切り札になる。
夜が明け、日が高くなっても狩野は一睡もせずに連絡を待っていた。
大音量の着信音が、徹夜明けの狩野の頭に響く。
「あぁ、俺だ。で?どうだった?高瀬ちゃんよ」
『その件についてだが、遺憾だが貴様の言ったとおりだった。貴様から受け取ったものは上に提出しておいた。すぐに正式な通達が行われるだろう』
「かかか。後は、枯庭のクソがどう出るかだな。本物かそれとも偽物か」
『残念だが、枯庭はもう行動を起こした後だ。ついさっき伊藤洋太が、死体になって転がっているのを発見した』
「最高だな!やってくれたぜ!これで完成、完璧!」
訃報は狩野にとって吉報だった。獲物を追い詰めた喜びが唇を歪ませ、狂喜が体を駆け巡る。
『もう一つ、殺人現場には私の部下も転がっていた。一条君を警護させていた男だ』
「警護だ?監視の間違いだろ?お前ならそんくらいやるとは思ってたが、もっと上手くやるべきだったな…で?そいつ死んだのか?」
『全身骨折といったところか。原因不明の骨折が数十箇所。一条君の能力か?』
問い詰めるような口調の高瀬に、狩野は答えず、冷徹な声で警告する。
「死なずにすんでラッキーだったな。これに懲りたら、真名に監視を付けるとか、舐めたまね二度とすんじゃねぇ」
相手の返事を待たずに狩野は一方的に電話を切った。
「なに、やってんだ!あのクソガキは」
イライラを吐き出すように声を上げて、狩野は携帯で真名の番号を呼び出す。
コール音、一回、二回…重ねるごとに狩野の顔が険しさを増していく。
『わっ…あ、狩野さん…』
「…真名か?…お前、どこにいる?」
『え…えーっと…どうしたんですか?』
「いいから、どこにいんのかとっとと答えやがれこのボケが!」
『そ、そんな大きい声出さないでくださいよ…聞いてください、今ですね、枯庭さんの居場所がもうすぐわかりそうなんです…多分、この中のどれ、んっ…〜っ…ぁ…』
「おい!どうした?おい!」
真名の手から携帯が地面に落ちた音を、狩野の耳に伝えて通話は途切れた。
「なに…やってやがんだ…あのガキは…」
狩野は怒りを押し殺すように携帯を握り締める。
八つ当たりするように奥の部屋のドアをあけ、PCの前の椅子に大きな音を立てて腰を下ろす。
仮眠用のベットの中で蹲っていたミハエルが抗議の声を上げた。
「…っるさいなぁ、狩野が、昨日寝かせてくれなかったから…まだ眠いんだけど…」
「誤解を招く言い方をすんな!真名がヘマした」
狩野は荒々しくPCの起動ボタンを押すと、乱暴にキーボードを叩き始める。
「ちょっと、乱暴に扱ったって動作は速くなんないんだけど」
ミハエルが寝起きの目を擦りながら、狩野の後ろから画面を覗く。
画面には幾度もウィンドウが開かれ、その全てに狩野はパスワードを入力していく。
全ての入力が終わり、狩野がエンターキーを押すと画面いっぱいに、どこかの地図が表示され、その地図上には小さい点が赤く点滅していた。
「PCに未知の領域があるのは知ってたけど、こんなプログラムに使われてたとはね。てっきり、狩野の『厳選!エロ画像倉庫』かと思って調べもしなかったよ」
ミハエルの言葉を無視して狩野はさらにキーを叩く。
地図上の赤い点から移動経路を示すかのような黄色い線が伸びる。
「…第三港の倉庫街か。しばらく移動した形跡は無いな」
「狩野、なんなの?これ…GPSみたいだけど」
「飼い犬にはちゃんと首輪と紐をつけとかねぇとな」
「飼い犬?どういうこと?」
「こないだメスガキの誕生日に、赤いピアスをやっただろ?」
「あぁ、狩野から貰ったって真名が毎日つけてる、お気に入りのアレね」
「アレが首輪、でコレがリード」
狩野は赤い点が点滅している地図の表示された画面を指差す。
「つまり、常に真名の現在地がわかるようになってると…」
ミハエルは、最悪だとばかりに顔をしかめて狩野を見る。
「狩野、もし、同じようなものを僕にもつけたら…社会的な死が待ってるから」
「あぁ?お前は引き篭もってて外に出ないんだから必要ないだろ」
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