5 :ワールドコード

 冷や汗が頬を伝うのがわかる、喉が渇いて唾が通らない、肌に張り付く服が不快だ、止まったように音を立てない心臓、目の前に見える薄暗い空間は本当に見慣れたいつもの雑居ビルの空間なのだろうか。

 「やっぱり、幽霊だったんですね」

 突然、後ろから声をかけられて、思わず狩野は一瞬、体を硬直させる。

 「…あれ?びびった?今、びびりました?…って、ひょっとぉ、はなふままないでくらはいよ!」
 「……」

 ニヤニヤという擬音が聞こえてきそうな表情で顔を覗きこんできた真名の鼻を、狩野は無言で摘まむと封筒に入っていた札束で頬を張った。

 「ふえぇえ」

 妙な声を上げる真名に狩野は札束往復ビンタを繰り返す。

 「なに、アホなこと言ってんだコラ!どーやって死んだ人間が札束持ってくるってんだ?」
 「ふへぇ、はふぅ」
 「幽霊がお礼を持ってくるなんて、古今東西よくある話だろ?」

 なんだか愉しくなってきていた狩野に、部屋の奥から声がかけられる。
 研究所の奥、給湯室兼、仮眠室兼、情報収集をさせてる引き篭もりの所員部屋、その部屋の薄いドアが開かれると、中から西洋人の子供が姿を現した。
 ミハエル=ブランケンハイム、齢、十に満たないこの少年は天才と呼ぶには寒気がするほどの異常な情報収集能力と分析能力、集計、計算、比較、理解力を持ち、研究所の頭脳ともいえる存在として、研究所の奥に引き篭もっている。

 「馬鹿なことやってないで、コレを見なよ」

 ミハエルはプリントアウトしたばかりの紙の束を狩野に手渡す。

 「それを見ればわかるだろ?枯庭雫、彼女は間違いなく死んでるよ」

 紙の束には、出生証明書、死亡届け、住民票から銀行口座、今まで通っていた学校全ての成績表、卒業文集、身体測定時のデータ、キャッシュカード、レンタルカードから無料のメンバーズカード全ての登録内容、考えられる限りの個人情報のコピー。
 そしてその中には枯庭雫の殺害された事件の捜査資料までもが含まれていた。

 「はっ、クソガキが!どこかの誰かと違ってちゃんと仕事をしてんじゃねぇか」

 狩野は口の端を歪めて笑うと、赤くなった鼻を押さえながら抗議の目を向ける真名を無視して捜査資料を読み進める。

 「こないだ設置したカメラとマイクが功を奏したね」

 ミハエルは研究所の天井に設置されたカメラを指差す。
 研究所にはいたるところにカメラやマイクが設置されており、来訪者の映像や会話の内容が研究所の奥、ミハエルに送られるようになっている。
 自称超能力者のペテンを見破る事もできるし、今回は得られた画像から個人を特定して情報を集める事ができた。

 「あんな少しの間にこんなに集めたの?」

 狩野が読み捨てるプリントを拾い集めながら、真名は感嘆の声をもらす。

 「今はほとんどデジタル化されてるからね。僕の腕にセキュリティが追いつけるわけないし、それはとりあえずのデータ。細かいとこや関連資料はこれから調べる」

 たいしたことじゃないというようにミハエルは無表情で答える。
 明らかに違法な方法、主にハッキングで得られた資料を読み終わると、すぐに狩野は、携帯電話を取り出して、かけ始める。

 「……あぁ、高瀬か?先月と先々月の事件で聞きたいことがある……そう、それだ、わけわかんねぇとこがあるだろ?……ははっ、隠してんじゃねぇぞカスが………あ?タイミングが良すぎるって……あぁ、そうか…協力してやる。迎えに来い」

 携帯を切ると、狩野は二人の所員に告げる。

 「お前ら、喜べ、仕事の時間だ!」

 狩野は歯をむき出しにして狂喜した。

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