2 :
ワールドコード
「いやいや、先ほどは失礼致しました。なかなかに返事が聞こえ無かったもので、少し強めにノックしてしまいましたな」
「返事が聞こえなかったら帰れよ」
開口一番、訴える男に、狩野は舌打ちで返した。
「しかし、私は帰らずにあなたと対面することが出来た!諦めずに誠心誠意ノックを続けたおかげですなハハハハハ」
大げさに笑う男を、狩野はソファに身を預けながら観察する。
テーブルを挟んで対面する来客の男は真っ赤なスーツに身を包み、同じく真っ赤なシルクハットを目深にかぶり、付け髭の様な立派な口髭を蓄え、手には白い手袋、まるで手品師の様な格好をしていた。
(大げさな身振り手振り、ワザとらしい口調に、無駄に通る声、詐欺師というより舞台役者だな。胡散臭すぎる)
そう思いながらも、狩野は対面する男の胡散臭さが、全て計算されたものであることに気づいていた。
派手な服や奇抜な格好は強烈な印象を与えるが、後々、その人物を思い出そうとした場合に、その印象が強すぎて、それ以外、例えば、耳の形や鼻の形、歩き方や、背の高さなどを思い出すことが難しくなり、服の派手さや奇抜さしか思い出せなくなることがある。
つまり、派手な格好はその他の特徴を記憶に残させないためだ。
服はいくらでも着替えられる。
狩野の前に座る男が地味な服装に着替えたら印象ががらりと変わってしまうために、街中で見つけることは非常に困難になる。
ワザとらしい口調は、本当の喋り方や声質を悟らせないため、口調を変え演技する事によって声に現れる精神的な動きを極力抑えることもできる。
嘘を全面に押し出すことによって本質を何一つ悟らせない。そんな意図が男からは感じられた。
(少なくとも計算であるならば、思い込みの激しい頭のイカレた馬鹿じゃない。詐欺師であるならばここまで胡散臭くはせずになるべく普通を装う。それならコイツの目的は何だ?コイツは偽者か本物か)
狩野は目を細め、挑戦的に質問を投げつける。
「で?てめぇは一体、何しに来たんだ?」
質問を投げつけられた男は、大げさに膝を叩くと、両手を広げ、満面の笑みでバリトンの声を響かせる。
「よくぞ、お聞きくださいました!私の名前は樋成《ひなり》・J・バルザック!本日は私の持つ特別な力、超能力を売り込みにまいりました!サイコメトリーをご存知ですかな?触れた物の記憶を読み取るというあの力!私の能力はさらに、その上!そう!ハイサイコメトリーとも言える力を持っているのです!」
真名がいれば呆然としながら思わず拍手していただろう、熱の入った自己紹介を終えた樋成に、狩野はぐったりとしたやる気の無い表情で質問する。
「あぁ?なに訳わかんねぇ事言ってやがんだ。なんだハイサイコメトリーって」
「私はこの力を『完全読解(パーフェクトリーディング)』とよんでおります」
「中二かよ……」
「そう!私が幼少の頃から持っていたこの能力をはっきりと自覚したのは――」
「うるせぇ、黙れ!お前の半生なんざ興味ねぇ」
自分に酔っているかのように語り始めた樋成を、狩野は追い出すかのような口調で黙らせた。
狩野の隙の無い視線を受けて、樋成は静かに膝の上で手を組み不敵に笑う。
「おやおや、せっかちなお人だ。よろしい!私のことを語るより、説明するより解説するより、講義するより分析するより、言葉を尽くす事よりも何よりも!私の常識を覆すミラクルパワーを貴方の目の前でご覧にいれましょう!」
樋成は高揚した声で告げると、研究所内を見渡しながら続ける。
「そうですな、何か貴方の持ち物、できれば普段よく身につけている物や、使っている物、持ち歩いてる物をお貸し頂ければ、それを頼りに貴方の歴史を紐解いて見せましょう!」
樋成の言葉を受けて、狩野は手元にあったものを樋成に向かって投げつけた。
「そんなんで大丈夫か?」
はなから疑うようにニヤニヤと笑いながら確認する狩野に、樋成は満足そうに頷きを返す。
「大丈夫か?などと、そのような心配は無用と申し上げざるをえませんな。なんであれ貴方の持ち物であるならば私の力は貴方のことを読み取ることが可能!まぁ、普段使っているものの方が早く“読み取る”事ができますがね。貴方からお借りした物はハンカチ!十分に適切にして何の問題も無い!この淡い青いハンカチが貴方の全てを教えてくれる事でしょう!」
樋成は狩野から渡されたハンカチをテーブルの上に広げると、おもむろに白い手袋を脱ぎとり、両手をかざす。
「ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ」
樋成は手に力を込めるように唸り始めた。
「いや、そういうのいいからさ、早くしてくんねぇ?」
狩野は呆れたような声を出した。
「なにを仰る、この集中とパワーの注入が私の力を最大限まで高めるのです。そう!普通ではないパワーには普通でない集中力を要するのです」
樋成の答えに、狩野はやる気のない欠伸をしていた。
「ぬわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー!」
突如、雄叫びを上げると樋成はハンカチを両手で握り締め、祈るように振り始めた。
そしてそのまま、樋成はしばらくその行為を続けていた。額から一筋の汗が篭れ落ちる。全身に力を込め、ひどく集中しているように見えた。
狩野はそれを面倒くさそうに眺めながら、また一つ欠伸をした。
「読みきりました……貴方の事を……」
乱れた息を整えるように大きく呼吸をしながら樋成は結果を口にした。
「待ちくたびれて昼寝しようかと思ったぜ。で?俺の何がわかったって?」
挑むように狩野は樋成に先を促した。
「貴方の生い立ち……その全てですよ……おっと失礼」
樋成は鞄からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して、喉を潤した。
汗が引き、呼吸が整うのを待ってから樋成は口を開く。
「さて、どこから語ったものですかな。あなたがこの研究所を構えるようになった経緯―あなたが我々、超能力者を憎むようになった経験を」
樋成の言葉に狩野はやる気の無い態度を一変させ、殺意の篭った目を向ける。
「てめぇに、何がわかる」
「全てですよ、貴方が経験した事の全て。それが私の『完全読解』なのですから」
狩野の怒りに満ちた言葉を受けてなお、樋成は堂々とした態度で続ける。
「そのような目を向けるのはご遠慮願いたい。私だって貴方の怒りを今、知ったばかりなのですから。そうですね……まずは貴方の事を語る前にあなたの父親について語らねばならないと思うのですが、いかがですか?」
樋成の提案に狩野は顎を上げるだけで肯定の意を示した。
「それではお付き合いいただきましょう。狩野恭一様、貴方自身の物語に」
樋成はテーブルに置いたハンカチに右手の指を添えながら語りだす。シルクハットの陰に隠れた目を夜行性の動物のように光らせて、やらしく口を蠢かせる。
次へ
HOME