ワールドコード
:3-11
射概の目は遠い過去に向けられ、悲しみに染まる。
「それについては申し開きができねぇな。あの時はああするしかなかった。俺の力が足りねぇばっかりに、俺はあいつを殺しちまった。反省はしてるさ……後悔もしてる。だから今まで俺は静かに刑に服してきた」
「何が静かにだ。ちょいちょい脱走して騒がしてるくせによ」
狩野の言葉に、心外とばかりに射概は眉を上げる。
「あ?何言ってんだ?」
返答によっては今にも拳が振るわれるだろう怒気を滲ませる射概を狩野は鼻で笑う。
「とぼけても無駄だぜ。なにがやりてぇのか、散歩感覚でムショと外を行ったり来たりしやがって」
「散歩感覚で行ったり来たりなんざするかよ。こちとら模範囚で来年にゃあ出れるのが決まってるんだ。わざわざそんなことする理由がねぇな」
狩野は射概から語られた意外な事実に顔を顰める。
「信じらんねぇって顔だな。確かに俺ぁ脱獄の常習な上に殺人、他にもまぁ、色々やっちゃいたがよ。今回は反省してんだ。大人しくしてりゃぁ恩赦がもらえるってもんよ。来年の二月には出られるはずさ。嘘だと思うなら帰りに看守にでも聞いてみな」
射概の言葉を聞くも、納得いかないという風に狩野は真名に視線を向ける。
「射概さんは、この刑務所から出ていないと思います。存在がこの部屋に染み付いているし、出たような形跡、能力の断片も見当たりません」
真名は真名にしか見えていない事実を口にする。
真名の力を知っている狩野にとって、それは何の証拠がなくとも信用に値する。
しかし、それでは黒澤の話、その前提条件が変わってくる。
「あぁ?話が違ぇぞ」
イラつくように狩野は呟いて、しばし考え込む。
「最初の質問に戻るが、あんた能力者か?」
狩野は改めて、射概に向き直る。
狩野の隣に佇む真名の瞳が青い光彩の深みを増す。
真名の空間ごと吸い込むような尋常ならざる瞳に映る射概が諦めたように両手を挙げる。
「なんだよ。やっぱり流行ってんのか?能力者ってのが」
嬢ちゃんに嘘は吐けなさそうだと射概は笑う。
すまなさそうに真名は眉を顰める。
「俺はよ。好きなときに好きなところに移動できる。瞬間移動って奴だ」
あっさりと白状した射概を見つめる狩野の瞳に超能力者への憎しみが篭る。
「本当か?」
「嘘を吐いたって、そこの嬢ちゃんにはバレちまうんだろう?」
憎悪が狩野の中で膨らんでいく。口は凶悪に歪み、目が血走る。
――超能力者は狩り殺す。
「おいおい、そんなに怖い顔すんなよ。さっきも言ったろ、俺は仁義を通すためにこの力を使っただけさ」
射概の話に狩野はそれを否定するように怒りを剥き出しにする。
「それでも、てめぇは他の人間には無い力を特権的に使ってきたんだろ?脱獄王なんて呼ばれてよ、好き勝手に脱獄しまくってたくせにどうしてここから出ない?今さら、善人ぶるんじゃねぇよ!」
挑戦的な狩野に対して、射概はゆるぎない信念、いわば凄みの宿った瞳で返す。
「俺は俺の能力でしかできない事をしただけだ。脱獄王なんて呼ばれるために使ってきたわけじゃねぇ、使うべき時に使ってきただけだ。今はその時じゃねぇ。償いにはならなくとも俺はあいつを殺した罰を受けなきゃならねぇ」
「どうだかな。そんな事言って、てめぇは能力使って黒澤組の組長の枕元に立ってたんじゃねぇのか?」
狩野の質問には答えず、射概は別の反応をする。
「アンちゃん。どこのチンピラかと思えば、黒澤組のお使いかい?」
射概の手に血管が浮き、力が入るのがわかる。
「誰がお使いだ」
獲物を品定めするような射概の視線に、臆する事無く、むしろ挑戦的に狩野は答えた。
「やっぱり……黒澤組が動いてやがるのか?」
「やっぱり?知るかよそんなの。知りたくもねぇ」
「あんた黒澤組の人間じゃねぇのか?」
「あんなクソ共と一緒にすんじゃねぇよ」
忌々しそうな狩野の態度に射概は顎に手を添え一考する。
「どうにも立ち位置がわからねぇな。アンちゃん、俺の敵か?味方か?」
「敵だ」
射概の唐突な質問、論理的でなく直感的な真意の読めない質問。だからこそ、その問いに答えることは重大な選択に思えた。どちらであるか、その答えによってこの先の運命が変わってしまうような。
その質問に狩野は即答した。まるで脊髄反射のように染み付いた憎しみが答えを出した。
「敵に決まってる。味方なんてありえねぇ、超能力者《てめぇら》全て俺の敵だ」
呪詛にも似た狩野の言葉は場の空気を変える。
「俺らの敵か」
真意をうかがう射概に、真っ黒で怜悧な視線だけを狩野は返す。
射概は諦めたように息を吐く。
「しょうがねぇ、アンちゃんが味方なら良かったんだがそう上手くはいかねぇか」
「なんの話だ?」
「こっちの話さ」
言って、射概は己に向けられた真名の視線に気付く。
「そんな心配しなくても出所するまで、大人しくしてるさ。次に脱獄なんかして捕まったりしたらそれこそ、この世から出所させられちまうからな」
笑う射概に、真名が何か言おうと口を開きかけたところで牢屋の扉が開かれ、看守長がうかがう様に顔をのぞかせる。
「あ、あの~、そろそろ」
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