ワールドコード
:3-15
(さてどうする……)
狩野は座って外の景色を眺めながら酒を煽る。
(黒澤の言ってる事と、射概の言ってることには食い違いがある。それに予知能力者の存在)
今日のことを順に追って整理していく。
(『黒澤組』は連合を組んで組の縄張りを広げようとしている。それを邪魔するために射概は黒澤組の組長に脅しをかけた。しかし射概はそんな事していないという。これは真名の裏づけがある。噓じゃない。ならば噓をついていたのは黒澤組若頭、黒澤英太。何故そんな噓を)
それに、存在しかわかっていない予知能力者のことも気になる。
(射概は黒澤組が新種の薬を流行らせると言っていた。それは何か。どれ位の規模で流行るのか。予知能力者は何を知っていて射概は何を聞いたのか)
考えがまとまらない。大きな流れが渦巻いているのを感じるが、断片的な情報しか入ってこないため全体がつかめない。
中心は何か、キーは誰か。そして自分たちはその流れに巻き込まれているのか否か。
狩野は考えるのを止め、グラスに残った最後の一杯を飲み干す。
立ち上がると少し足がふらついた。
(少し、飲みすぎたか)
狩野が布団に向かおうとすると、突然部屋の電気が消えた。
急に視界が暗くなったのと、酒が入っていたために状況の判断が遅れ、反応が遅くなる。
真っ暗になった部屋に自分とは別の存在を感じた瞬間、狩野の後頭部に激痛が走る。
狩野は倒れるように受身を取ると、即座に立ち上がり、攻撃された方向に構えを取る。
狩野のわき腹に硬く握られた拳がめり込む。予想外の方向から打ち込まれた一撃に狩野の体が折れる。
狩野は無理矢理空気が吐き出されていくのを歯を食いしばって堪え、反撃する。
思いっきり振り抜いた拳は相手にかすりもせず、次は先程と逆の方向から顎を打ち抜かれる。
まずい、と狩野が認識する前に、今度は鳩尾を突き上げられる。
思わず膝をつく狩野の顔に相手の膝が埋まる。
崩れ落ちた狩野の体につま先が突き刺さる。顔と腹に執拗に打ち込まれる。
口から何かが吐き出される。胃の中の物かと思ったが、臭いからして血かもしれない。
意識が朦朧としていく狩野の髪を何者かが掴み、無理矢理顔を上げさせられる。
「て……てめぇ……射概」
狩野の目の先にいたのは紛れも無く、逃げたはずの射概だった。
窓からの光に浮かび上がった射概の顔は、昼に見た気さくさなど一かけらも無く、瞬き一つしない目は無慈悲さに満ちていた。
「アンちゃん、墓の前まで追っかけてきたのにはビックリしたぜ」
言葉とは逆に感情の表れない重く低い声。
「予知の事も知ってるみてぇだし、あんた邪魔だよ」
言って、射概は掴みあげていた狩野の顔を床に叩きつける。
「これ以上関わるな」
凄みのきいた声で忠告し、射概は狩野の頭を掴んでいた手を離す。
離された手を狩野が掴む。
「…………逃がすかよ」
「………………」
何も言わずに、射概は拳を狩野に打ち付ける。狩野の手が力なく、ずり落ちる。
射概は立ち上がって、倒れる狩野の腹を踵で踏みつける。
「アンちゃん、この件からは手を引きな。わかったろ?俺の能力は逃げるだけじゃない。いつでもどこでもアンちゃんを殺せるんだ。次、邪魔したら――てめぇ、殺すぞ」
それだけで人を殺せるかのような重く低い声を残して射概の存在が消える。
目を開けることもできず、浅い呼吸を繰り返す狩野の耳に、部屋をノックする音が聞こえる。
「――りのさん!狩野さん!大丈夫ですか!狩野さん!」
狩野の危険を感じ取ったのだろう。部屋の外から真名の心配そうな声が響く。
消え行く意識の中で狩野は真名の声を聞き、必死に繋ぎとめていたそれを手放した。
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