ワールドコード
:3-19
「あぁ~!めんどくせぇぇぇ!」
狩野は思わず、頭を掻き毟る。
高瀬には警察よりも早く射概を捕まえるという条件を突きつけられ。
狩野と射概のつながりを疑う黒澤には、行動を制限する脅しをかけられている。
あちらを立てればこちらが立たず。相反する条件はどちらを選んでも貧乏くじだ。
(射概のジジイが好き勝手するたびに、どんどん状況が悪くなる。畜生!この借りは必ず返すぞクソジジイ!)
狩野の方針は決まっている。超能力者は狩野の敵だ。野放しにしておくことなどありえない。
しかし、黒澤に脅しをかけられている今、そのデメリットは大きい。
(黒澤のボケは俺じゃなくて周りを狙う)
狩野は苛立たしげに机を指で叩く。
そんな様子を気にすることもなく黒江は嬉々として狩野の机に身を乗り出す。
「アニキ、アニキ!聞いて、聞いて!私、ゆうちゃん達に色々、訊いてきたんですけど、あ、その前にこれ貰っちゃいました」
黒江がエプロンのポケットから小さな包みを取り出す。
「なんだそりゃ?」
「なんか最近、流行り始めた薬らしいです。ゆうちゃんが『売人うぜぇ、マジうぜぇ』って言ってました」
その話を聞いた後、黒江は街で薬を売っている人間を探したらしい。
非合法な物を手に、悪びれた様子のない黒江を見て狩野は溜息を吐くと、その手から薬の小包みを奪い取る。
「危ないまねすんな。この馬鹿」
狩野は手にした包みを眺める。
街で見かける脱法ハーブのようにサイケデリックな包みではなく、シンプルな包装は小奇麗で、化粧品の試供品を思わせる。
違法な雰囲気のない包みの薬は、嫌悪感を与えずに、手に取らせる。まさに試供品だ。
包みにセンスよく配置された文字を、狩野は指でなぞる。
(……“バースデイ”?こいつの名前か?)
流行らせようとしているのは黒澤組。狩野は射概の話を思い出す。
『予知能力者の兄ちゃんが言うには黒澤の新しいヤクは大量の中毒者を作り出す。止められるのは俺だけだとよ』
狩野は、ご褒美を待つ犬のように目を輝かせる黒江にデコピンをする。
「大分、面倒くせぇことになってきてる。お前はもう手伝わなくていい。管理人の仕事だけしてろ」
額を押さえながら、顔に疑問を浮かべている黒江を尻目に、狩野はミハエルのいる奥の部屋に向かって声をあげる。
「クソガキ!お前はなるべくビルから出んな!いつもどおり引き篭もってろ!」
抗議するように奥の部屋の扉が叩かれるのを聞いて、次に狩野は携帯を取り出す。
「あぁ、俺だ。今回の件は手を引く」
狩野の言葉に、電話の向こうからは騒がしく問い詰める声が聞こえてくる。
「うるせぇ!めんどくせぇから射概のジジイはほっとく事にしたんだよ。当分、こっちには顔出すな!お前は赤点取らないように試験勉強でもしてろ!」
相手の声には応えず、狩野は一方的に言いつけて携帯電話を切る。
これでいい。狩野は仕事の準備運動に首を鳴らす。
(誰よりも先に射概玄十郎を狩ってやる)
凶悪な笑みを浮かべる狩野には、手を引く気など毛頭無かった。
次へ
HOME