3-1 :
ワールドコード
(とりあえず、ミハエルを叩き起こして、仮眠室のベットを奪って……)
などと考えながら研究所のドアに鍵を刺した瞬間、眠気は吹き飛び、狩野の全身に緊張が走った。
何故なら開けるために回した鍵が逆に、鍵を閉める結果になってしまったからだ。
(閉めたはずの鍵が開いてる?)
狩野は朝、研究所から出る時に鍵を閉めたはずだった。
考えられるのは研究所に残ったミハエルが外に出たか――
(あの引き篭もりが外に出るわけねぇ)
――ならば、不法に侵入した何者かがいるということだ。
鍵は壊されてはいない。
確認した狩野は再び鍵を回す。
こんどこそ開錠されたドアを狩野は慎重に開ける。
研究所に入って正面、安い応接セットの側に三人の男の背中が見える。
一人は応接セットのソファに腰掛け、残りの二人はそのソファの後ろに立っている。
狩野が研究所に足を踏み入れる音に気付いて、三人の男が振り向く。
狩野を見て、ソファに腰掛けていた男が軽く笑みを浮かべて立ち上がる。
立ち上がった男は細身だが長身で、隙の無い動きが暴力の世界に生きる者であることを表していた。
なによりも笑みをかたどった口元の上、眼鏡の奥にある冷徹な光を宿した瞳が、男が何者であるのかを語っていた。
元から立っていた男二人は、どちらも強面で、スーツの上からでも筋肉が盛り上がっているのがわかる。手元に視線を向けると拳が人を殴る形につぶれていた。
(インテリヤクザとその付き人か)
狩野は見当をつけると、油断を誘うようにわざと姿勢を崩して、研究所の天井についた監視カメラに向かって大声を上げる。
「おいおい、なんだってこんな危ない人たちが入ってきちゃってんだよ。自宅も警備できねぇのかぁ?うちのごくつぶしはよぉ」
狩野の声に、監視カメラが不満げに角度を変える動きで答えた。
カメラの人をおちょくるような動きはムカつくが、ミハエルが動かない物体に変わってないことは確認できる。
それを見て狩野は男達に視線を戻す。
三人の男のうち、細身の長身で眼鏡をかけたリーダー格の男が柔和に微笑む。
「そんなに心配なさらなくても、我々は貴方を待たせていただいている間、こちらから動いてはおりません。部屋の物に触れることすらしてませんのでご安心を」
「はっ、安心しろ?不法侵入してる奴の言葉なんざ、何一つ信用できねぇな」
狩野の吐いた悪態に、男は眉をあげ、わざとらしく手を上げる。
「おや?聞いてませんか?貴方が不在だったので、我々はドアの前で待たせて頂いていたのですが、そこに管理人だという女の子が通りましてね。この研究所に用事があると伝えたら、ぜひ中で待っているようにと快く鍵を開けてくださったので、失礼ながら中で待たせて頂いていたのですが」
男から一連の事情を聞いた狩野は額を押さえる。
「なるほど……管理人のマスターキーってわけね。……ちょっと悪ぃな」
狩野は待ってくれと手で示すと、階段を駆け下りていった。
取り残された男達は呆然と狩野の消えて行った方向を見つめる。
開け放たれたドアの先。
雑居ビルの階段部分から、少女の嬉しそうな声が聞こえてきたと思った瞬間、その声は悲鳴に変わって、研究所の中にまで響き渡った。
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