ワールドコード
:3-33
「――まぁ、後は高瀬に任せておけば問題ないだろ。あ?事情聴取?んなもん何も言わずに黙っとけ」
狩野は携帯の通話を切ると、勝ち誇った笑みを咲見に向ける。
「さて、改めてお前の予知していた未来を聞かせてもらおうか。予知能力者様よぉ」
ガラスの向こうで咲見は不愉快そうに狩野を睨みつけている。
「どうした?黙ってないで早く言えよ」
「僕の予知した未来では、今日の今頃、射概さんは黒澤のところに乗りこんで、射概さんは眉間に、黒澤は心臓に、お互いに銃弾を受け、二人とも死ぬ。そして、射概さんの犠牲によって、黒澤組が裏の社会を牛耳って新しい薬“バースデイ”をばら撒く未来が変えられる」
咲見の予言を聞き終えて、狩野は笑い出す。心の底から愉快そうに嘲笑う。
咲見の尊厳を汚すように、その存在を踏み躙るように、張り裂けたのどから憎悪を搾り出すように、笑う狩野の声だけが暗い廊下に響き渡る。
「大外れだな!てめぇの選んだ未来は全部台無しにしてやった!射概は復讐ができず、血まみれだが生きてる!黒澤の計画は潰れたが死なずに警察に捕まった!てめぇの選択した未来なんてどこにも無い!そして、これからも、てめぇが選べる未来は無い!」
狩野は笑うのをやめ、咲見と世界を隔てる強化ガラスに額を当てるようにして、その中を覗き込む。
「予知能力者が、人の運命いじくり回して、舐めたマネをしてくれやがって!いいか?俺に知られたからには、てめぇに今までのように好きにはさせねぇ。『未来の情報となら何でも交換』なんて二度とできると思うなよ。面会も連絡もできない。完全に外部とは切り離されたこのでかい墓石の中で、なにもできずに――死んでいけ」
強化ガラスから額を離し、もう用は無いと、狩野は咲見に背を向ける。
「待ってください!射概さんは生きているんですか?」
咲見が狩野を呼び止める。
「残念ながらな」
振り向きもせずに答える狩野の耳に――信じられない言葉が届く。
「そっかぁ、良かったぁ」
狩野が思わず振り向くと、咲見が心から安堵したように胸を撫で下ろしていた。
「あれ?どうしたんですか?そんな意外そうな顔をして」
狩野の視線の先で、咲見はベットの端にゆっくりと腰を下ろす。
先ほどまでとは同じ人物とは思えないほどに咲見は落ち着きを取り戻していた。
「言ったでしょう?狩野さん。僕は一人でも多くの人が幸せになれる最良の未来を望んでいるって。射概さんが死なずにすんだのであれば、その方がいいに決まっています」
「お前の予知が外れたんだぞ……」
「それがなんだっていうんですか?“最良”の前にはどうでもいいことです」
穏やかに微笑む咲見を前に、狩野の背中に得体の知れない不快感が走る。
(俺の挑発に激昂している様を見た時は、自己正当化のためにお題目を掲げてるだけかと思ったが、こいつは本当に“最良”の世界を願い望んで目指している。こいつのやばいところはそれが決して“最高”の世界じゃないことだ)
狩野は自身の咲見に対する認識の甘さを改める。
「再確認したぜ。てめぇはここから出しちゃいけない人間だってな。てめぇは一生、牢に閉じ込めておくべき人間だ」
狩野の決意が篭った宣言にも咲見は穏やかな笑みを返す。
「良い事を教えてあげますよ狩野さん。僕は自らこの牢屋に入っているんです。考えても見てください。予知能力があるのに捕まるわけないでしょう?僕は自ら捕まる選択肢を選んだんですよ。なぜならここが一番安全だから。刑務所の中は出られない代わりに、入られない。これから起こる争いに僕は抗うことができない。これから生まれる悲劇を僕は見ていられない。だから僕はここに逃げ込んだんだ。未来に関わらないためにね」
諦め交じりの声。咲見の穏やかさは死んでいく生き物のそれに似ていた。
「射概さんの件は気まぐれというか未練です。最後の一勝負。だけど、やっぱり僕にはこの先の未来は変えられないみたいだ。僕ら予知能力者はね、知らず知らずのうちに世界をかけて戦っているんですよ。例えば、予知した未来を変えようとする二人の予知能力者がいたとして、お互いの変えようとする未来の姿が違っていたら、どちらの未来が実現されると思いますか?答えは簡単です。より先の未来を読んだ方、より能力が強いほうが未来を決める権利を得ます。僕はその勝負に勝つことができなかった。だから尻尾を巻いて逃げ出したんだ」
「何を……言ってる」
狩野の問いかけに、咲見は負け犬そのものの瞳で答える。
「僕がどんな選択肢を選んでも彼女の見た未来を覆せない!僕は負けたんですよ!きっと誰にも勝てないんだ!最強の予知能力者、彼女の名前は――」
予知能力者、咲見連は無力感を滲ませながら卑屈に笑う。
「――“天城の夢見”」
暗い廊下にその言葉だけが、染み渡るように広がって消えた。
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