ワールドコード :3-8
 「おー、どうやって呼び出そうか考えてる間に、自分から来るとはさすがだな、マナ公」

 息を切らして膝に手をつく真名を見ながら狩野は馬鹿にするように笑った。

 「なっ……は…誰が忠犬ですか!ぁ……走りたくて……走ったわけじゃないですよ」

 肩で息をしながら真名は狩野に抗議の声を漏らす。
 真名が息を切らしてまで走ってきたのにはわけがあった。
 真名は能力で人や物の動きや流れ、雰囲気を感じ取ることができる。その力を校門に向けた時、真っ先に入ってきたのは馴染み深く、強烈な狩野の存在。
 そして、次に感じられたのは狩野がなにやら不穏な気配を発している事。

 「呼び出すんなら、携帯を使えば良いじゃないですか」
 「いや、それじゃつまんねぇじゃん」

 もっともな真名の意見を切り捨てるように狩野は口を歪める。

 「……じゃあ、どうやって呼び出すつもりだったんですか?」
 「んー、そうだな例えば、校庭のど真ん中で叫ぶとか。放送室をジャックして呼び出すとか。直接、教室に乗り込むとか。あぁ、教室はどこか知らねぇから手当たり次第に端っこから行くかとか」

 とんでもない狩野の答えに、真名は走ってきて良かったと胸をなでおろす。突然、酷使されたふくらはぎや太ももが抗議の声を上げているが、十二分にその価値はあった。
 狩野が軽く言った案が採用されていたら、学校中の話題になって真名は悪目立ちして、明日からしばらくは学校中の興味を一身に集めてしまうところだった。
 美しい黒髪、同姓すら見蕩れる整った顔立ち、何もしなくても、そこにいるだけで人目を引いてしまう真名ならなおさらだ。
 人に注目される事や興味を向けられる事は、強烈な意識を能力によって敏感に感じてしまうために、真名にとっては攻撃に等しい。

 「私が、目立ちたくないの知ってるじゃないですか」
 「注目されても、能力がコントロールできれば問題ないだろ。訓練の一環だよ。訓練の」

 真名の抗議もどこ吹く風で、狩野はしれっとそんな事を言う。

 (絶対!ただの嫌がらせだ)

 真名はニヤニヤ笑っている狩野を睨みつける。

 「そんなことより、仕事だ」

 狩野は傍に止めていた車を指差し、乗れと真名に合図する。

 「いや、私、授業中なんですけど」

 狩野を睨みつけたまま真名は答える。

 「おう、サボれそんなもん」

 (相変わらず、勝手なことを言う)

 こんな人が多いところに無理矢理ぶち込んだのは、そもそも狩野ではないかと真名は嘆息した。

 「学校には行けって言ったのは狩野さんなんですけど」

 文句の一つも言いたくなる。

 「超法規的措置って奴だな。仕事と勉強どっちが大事か考えりゃすぐわかんだろ?」
 「学生の本分は学業なんで、勉強ですね」

 わざと真面目ぶった真名の答えを狩野はせせら笑う。

 「お前の本分は俺の命令なんだから、仕事だよ」

 有無を言わせない調子で言って狩野は運転席のドアを開ける。
 真名はこめかみを押さえながらも、それとは逆に口の端が緩むのを感じる。
 とりあえず、文句は言ってみたものの真名にとっても人の多い学校から離れられるので、今日に限っては渡りに船だった。

 (どっちみち、後の授業は寝るつもりだったし)

 真名は足取り軽く、車に近づいていく。

 「どうしたんですか?この車」

 そこで、真名は見慣れない車に首を傾げる。

 「借りた。レンタカーだよ。久しぶりに運転すっと、結構面白れぇな」

 狩野は運転席に乗り込み、バックミラーやサイドミラーの調節をする。
 調節を終えた狩野が、動きを止めて口を開く。

 「なんだよ?助手席空いてんぞ?」

 不思議そうな狩野の声に、後部座席でシートベルトを締めながら真名が質問で返す。

 「狩野さん、事故が起こった時に一番死亡率が高い席ってどこだか知ってます?」


次へ

HOME