ワールドコード
:3-9
郊外、某所。約三年前に新設された刑務所――安蔵《あぐら》刑務所は、重犯罪者専用という事もあり、建設計画が持ち上がったときに付近住民からの猛反対にあったが、最新設備の投入、収容人数が他の刑務所よりも圧倒的に少ないという事で説得が進み、最終的に住民が計画を全面的に受け入れ、予定通りに建設された。
裏でかなりの金がばら撒かれたのは間違いないが、それでも住民説得の一番の決め手になったのはその刑務所が特殊な構造の設備を多数備えているためだった。
「その特殊設備の一つが、この『完全隔離単独房』。通称“シェルター”です」
まるで金庫の扉の様な白く分厚い扉の前で看守長が説明する。
後に続く、狩野は設備の隙を探すように目を配らせ、真名は社会科見学に来た学生よろしく物珍しそうに辺りを見回している。
新設の刑務所内。高い天井と、真新しく目立った傷の無い白い壁に囲まれたそこは、刑務所というより病院施設。もしくは研究施設のようだった。
扉の前で立ち止まった看守長が、奇妙な闖入者である狩野と真名にもの問いたげな視線を事あるごとに向けていたが、それも無理も無い事だった。
看守長からしてみれば、所定の順序を踏まずに突然、上から面会者を案内するように命令され、それが施設関係者や警察関係者で無いばかりか、柄の悪い男とやたら美人な女子高生が来たのだ。興味を持つなという方がおかしい。
二人の取り合わせもわからないし、何故この二人が一般人では決して入ることのできないこの施設に、しかも書類上の手続きも無く入ることができたのかもわからない。
「“シェルター”なんて随分、大層な名前がついてるじゃねぇか」
横柄な狩野の態度に看守長は眉を顰めたが、職務に忠実であろうという意識で丁寧に説明を始める。
「この房が“シェルター”などと呼ばれるのは、その密閉性からです。この目の前の扉は二重構造の最初の扉であり、この扉が開くと十メートルほどの廊下があり、その先の扉からが単独房内となります。単独房内の壁は強固な軍事シェルターと類似の技術が用いられ、窓などの外部と通じる設備は一つも無く、また人の力では傷一つつけることはできません。映画や何かでよくあるスプーンで少しずつ穴を開けたり、窓枠をはずすなんてのは、やるだけ無駄だという事です。脱獄方法といえば小便をかけて鉄格子を腐らせるなんてのもありましたが、それすら対応済みですよ」
最後は冗談のつもりで看守長はわざとらしく笑ったが、真名の冷めた目と、狩野の眉間に皺が走ったのを見て口を噤んだ。
場を和ませる事に失敗した看守長は慌てて説明を続ける。
「ま、まぁ、いかに奇抜な方法を使おうとも、この房からは脱獄不可能というわけです。重機でも壊せない構造でできてますからね」
胸を張る看守長を、ゴミを見るような目で狩野は笑う。
「思いも寄らないような奇をてらった方法だから奇抜な方法なんだろうが」
「ほう?例えば?」
「例えば――超能力とか」
「「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」」
狩野と看守長が同時に笑い声を上げる。看守長は冗談だと受け取ったようだ。狩野の目は冗談を言っているものではなかった。
(うわぁ……)
その様子に真名は顔を引き攣らせる。
(どうか、狩野さんが看守さんを殴りませんように)とも思う。
真名の心配をよそに、看守長は笑いながら、説明を追加する。
「この“シェルター”には監視カメラはもちろん、廊下には熱感知センサー、重量検知装置など、最新鋭の監視システムが設置されています。万が一、房から脱出できたとしてもすぐに我々の知るところとなり、再び牢屋の中に連れ戻されます」
疑いなく、施設の設備や体制を信じきっている。看守長の精神を覗いて真名は若干の不安を覚える。
疑う事がなければ不測の事態に対応することはできない。
疑わない人間は、時に恐ろしい事を何の罪悪感も無く実行する。
真名はまた少し、気分が悪くなった。どうも今日は調子がよくない。
刑務所内という非日常的な環境の中というのももちろんあるが、それとは別に、この施設の中は何か乱されているように感じる。
「お嬢さん、顔色が優れませんが、よければ玄関近くの休憩室で休まれてはいかかですか?」
看守長が心配そうに真名の顔を覗き込む。本当はこんな所に未成年者を入れておきたくは無いのだろう看守長の気遣いが感じられる。支配欲に支配された体臭を感じる。職務に忠実な勤勉さがガラス玉のような瞳を彩っているのが分かる。毛穴からは興味が滲み、鼻が真名の美貌を嗅いでいるのが見える。良識を信じ込んでいる実直さが無遠慮に真名を撫で回す。
「心配いらねぇよ、もともと陰気な面してっから顔色悪く見えるだけだ」
遮るように、看守長と真名の間に大きく開いた手がかざされる。
「なんで、狩野さんが答えるんですか」
真名はその手の主に抗議する。
「問題ないだろ?」
狩野は肩越しに真名に視線を送る。
「どういう意味ですか」
「いろんな意味でだよ」
挑むような真名の視線を受けて狩野は笑う。
「仕事の時間だ」
狩野は看守長に目の前の扉を開けるように顎で指示する。
看守長は狩野と真名を交互に見て、最後に気遣わしげな視線を真名に送った後、扉へと向き直る。
目の前の扉――射概玄十郎が入れられた牢の扉が解錠される音が、刑務所内に響き渡った。
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