Aサイド.8-2

indulgentia                   
    サイドA 八章   -Tastes differⅡ-



 何故かまとめられている失踪者4人の資料。
 失踪した時間も場所もバラバラ。
 しかし、東大先輩はそこに何かを嗅ぎ取った。金になる事件の臭いを。
 自分が、助手席で資料をためつすがめつしていると、東大先輩が運転席から一名分を追加する。
 立花捜査官から、ほぼ無理矢理に奪った資料だ。
 東大先輩は空いた手で煙草を取り出す。
 「一見、何の関係もないと思われる失踪事件」
 「失踪者にも何の共通点も見当たりませんね」
 東大先輩の咥えた煙草の煙が車内に満ちる。
 「立花の持ってた資料を入れて、失踪予想日時の順に並べてみろよ」
 「4月5日、5月6日、6月……」
  自分が気付いたのを確認して、東大先輩は満足そうに紫煙を吐き出す。
 「そう、それぞれ、約一ヶ月ごとに失踪してる」
 「たまたまじゃないですか?」
 「立花の資料が三人目に入らなけりゃな」
 「確かに、立花捜査官の資料を入れて初めて約一ヵ月ごとという規則性が現れますが」
 彼の資料が三人目に入ることによって五人の失踪者が綺麗に並ぶ。
 「あの野郎、わざと三人目の資料だけ抜いてやがったんだよ」
 悪戯を隠していた子供を見つけたように東大先輩は笑った。
 「立花捜査官が?わざと捜査を撹乱するような行動をしたと?」
 動機がわからない。下手をすれば重大な職務規定違反になりかねない行為だ。
 「独り占めする気だったんだろ?あいつは金になる仕事を見つけてくるのだけは天才的だからな」
 それだけおいしいヤマだってことだ、と東大先輩は嬉しそうに口の端を上げる。
 「それなら、立花捜査官に協力を要請した方が良いのでは?」
 彼は何かしら掴んでいるから、失踪者の資料を持っていたのだろう。
 自分の発言を、嘲るように東大先輩は上げた口の端を歪める。
 「はっ、そんなことしたら取り分が減るだろうが」
 ですよね。
 まぁ、そう言うだろうなとは思ってましたよ。これだから金の亡者は。
 自分は静かに溜息を吐いて目の前に漂う煙を払う。
 「立花のヘボなんざ居ても邪魔なだけだ。それに俺も無駄に待機室で資料と睨めっこしてたわけじゃないからな」
 「あまりに見てるから失踪者の中に好みの人でもいたのかと思いましたよ」
 「その間、ずっと殺人現場の記録写真を眺めてた奴に言われたくねぇよ」
 東大先輩が二本目の煙草に火をつけ、車内の煙がいっそう濃くなる。
 「失踪場所がバラバラの被害者――」
 失踪者が被害者にランクアップした。
 「――東北や中部にも及んでる。もしこれが同一犯だとするならば、一ヶ月ごとに全国を渡り歩いてる。つまり、時間にも金にも余裕がある人間」
 裕福層……なるほど、一理ある。
 それに金持ちなら自ら犯行現場に赴く必要も無い。金で実行犯を雇えばいい。
 全国どこでも被害者を選出できるし、広範囲の犯行は捜査の撹乱にもなる。
 現に自分は何の関係もない失踪事件だと思っていた。
 金に関わる推理はさすがだといわざるを得ない。
 東大先輩の横顔から、視線を被害者の資料に移す。
 一連の犯行が同一犯のものだとするならば。
 「随分、グルメな犯人ですね」
 「はぁ?」
 漏れた呟きに、東大先輩が怪訝な声を上げる。
 自分が助手席の窓を開けると、白く煙った車内の空気がゆっくりと入れ替わっていく。
 「被害者はそれぞれ、中肉中背の男性、痩せた女性、長身の女性、女児、男子高校生。年齢も体格も性別もバラバラです。シリアルキラー特有の趣味趣向が見られない。同一犯とするならば被害者に共通点が無いのが共通点です」
 「どういうことだ?」
 「だから、グルメだと言ったんです。偏食家ではなく、美食家。色んな獲物を食べたいんでしょう」
 付け足すなら、どの被害者も一定以上の生活水準にあり、健康体。つまり雑食家ではない。
 「グルメな犯人は同じ獲物は狙わない。つまり、次に狙われるのはこの五人とは別の特徴を持つ人間」
 気持ちの悪いものを見るような目で自分の話を聞いていた東大先輩が細長く煙を吹く。
 「さすが、変態。常軌を逸した推理をするな」
 「褒められている気がしませんね」
 「褒めてないからな」
 車は高速道路の車線を右端に変えた。

 三人目の被害者、失踪予測地点周辺。
 道路の端に車を止めて外に出る。
 辺りを見渡すと、大きな通りなのに人通りが無い。
 確かに人を攫うにはいいポイントなのかもしれない。
 「さて、どうすっか」
 ボンネットに腰掛けた東大先輩が呟く。
 まさかのノープランですか。
 問いかけられたわけではないのはわかっていたが、自分はその呟きに答える。
 「囮作戦がいいんじゃないですかね」
 「は?」
 そんな、何を言ってるんだこいつみたいな顔をしなくても。
 「つまり、東大先輩が囮になって犯人に狙われたところを捕まえる」
 「なんで、俺なんだよ。お前がやれよ」
 「自分はこれまでの被害者の特徴に一致してしまいますから。筋肉質で大柄な男性――東大先輩は新しい獲物として魅力があります」
 東大先輩は心底嫌そうに顔を顰める。
 「あのな犯人は全国的に人攫ってんだぞ。そんなピンポイントで食いつくかよ」
 「そうでしょうか?一人目と四人目、二人目と五人目の失踪予測地点って近くありませんか?」
 自分は地図を広げてみせる。
 「……確かに近いな。三つぐらいの地域、おそらく犯人の土地勘がある場所を使い分けてるってことか」
 「順番で行くと六人目は三人目と近い地域で被害にあうかもしれません」
 「根拠が無いわけじゃないと。ま、聞き込みはしたいしな。ダメもとでブラブラしてみっか」
 東大先輩は腰を上げて動き出す。
 「あの、自分は」
 「お前は役所とか回って、被害者の情報集めとけ」
 車の鍵が放り投げられる。
 「自分はついていかなくていいんですか?」
 「一人の方が囮になるだろ?どうせ何にもおきねぇだろうがな」
 「そんな事言って、一人で捕まえて、報酬を独り占めする気ですね」
 「そういうことだ」
 軽口を交し合い、後ろ向きで手を振る東大先輩を見送って、自分は車のキーを差し込む。
 自分たちは犯人が現れるなんて思っていなかった。
 囮作戦なんて、肩の力をほぐす為の冗談の様なものだ。
 だけど、その日、いくら待っても東大先輩は帰ってこなかった。



                                                >>続く
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