Bサイド.1
 「なぁ知ってる?御堂コーポーレーションって会社の話」
 「あぁ、最近懲役超過処分者を助けまくってるって言う?イカレてるよな。死刑が課された見ず知らずの人間を助けて何の得があるってんだ」
 「でも、それだけ金に余裕があるってことだぜ。豪気じゃねえか。うちの社長にゃそんな気概は100%存在しない」

 十数年前、この国では罪罰換金法が制定された。
 その法律により、人は“罪”を金で買えるようになった。人間の生存権利は100年を基本とし、それ以上の懲役年数を受けたものは死刑になる。しかしその年数は一年300万で短縮してもらえるのだ。
政府のあまりに不足した財源を補う為施行されたこの法律は当時デモが起きる程の猛反対にあったが、現在はそのおかげで民衆は他の国と段違いの生活保障を受け、また一般市民の史上類を見ないほどの低犯罪率を維持している。
バカでも犯罪が金に換算できると分かりやすいのだろう。

 俺の名は安堂浩一。工場で働く労働者で、化学調味料やなんかを調合する仕事だ。まぁ研究者じゃないんで、余計な物質が混在しないようにシステムを使って見張るのが主な業務内容だが。趣味は特になく、暇つぶしにパチンコに行くか、妻と家でのんびり過ごすのが日課だ。
 この世の中、人間は二種類に分けられる。金を持ってるやつと持ってないやつ。
 そして今は金を持ってるやつは何をしても許される世の中だ。
俺は金を持ってるやつのくくりには入らない、どちらかと言えば貧乏人だ。別に現状に不満はないが、金持ちになってやりたいことをやってみたいと思う。
なんせ罪が金で変えるんだから、金持ちの金に物を言わせた良からぬ噂は常に流れているが、さっき道端で聞いた、財力を人助けの為に使ってるやつの話なんてほとんど聞かない。そのもの好きな大富豪ってやつはどんな人間なのか……今巷で注目されている話題の一つだ。
 まぁしかし正直、俺にはどうでもいいことだった。中小企業で働くごく普通の一般人の俺には犯罪なんて縁遠い……そう考えるくらいには楽天的な俺は、今日の帰りに妻に頼まれていた中央街のセールに間に合うように仕事を終わらせることで頭がいっぱいだった。
今日は若干帰りが遅くなってしまった。外は暗くなってしまったが車を飛ばして中央街へ急ぐ俺は、いつもに増してスピードを出していた。
こんな時は、良くないことが起こるものだ。今日の朝の運勢も最下位だった。
道の端から誰かが急に飛び出してきた。俺の車はスピードを出していた為避けきれず、その歩行者をもの凄い勢いで轢いてしまった。
 いつもは人通りが少ない通りなのに、なんだってこんなところから人が出てくるんだと内心憤った。救急車を呼んだが、その人は助からなかった。
10才の子供。
俺は当然業務上過失致死で刑事責任に問われ、懲役5年の刑になった。罪罰換金法が制定されてから、特に金持ちの酔っぱらい運転が増え、罪が重くなったのだ。
確かに俺は法定速度を超えていた。だけど、飛び出してきたのは子供の方だぞ?それなのに何故、俺がそんな重い罪に問われなければならないんだ!?
留置所で面会に来てくれた妻は、ずっと泣きっぱなしだった。生活費は全て夫である俺が出していたし、妻は結婚してからずっと専業主婦でまともに働いた期間はほとんどない。彼女の親は早死でもういなかったし、うちの親も都会から遠く離れた田舎に住んでいる。こんな時に頼るやつなどいない。
運が悪すぎる……。
 なぜこうなった……神は、俺に恨みでもあるのか?
 俺は宗教など信じていない。だが、こんな不運をただの偶然とあっさり受容できる程悟ってもいない。こんな時くらい、呪わせろ。ふざけるな。貴様は何様だ。
 ちくしょう……免罪符さえ買えれば。
 貧乏であることの決定的損益を今自分はその身に受けていた。

 しかし数日後。俺は突然釈放された。
 「御堂佑からの申し出を受け、罪罰換金法及び懲役年数換金法の適用により、安堂浩一の罪状を御堂佑の帰属下に置くこととする。これにより、安堂浩一の業務上過失致死に関する一切の刑罰を求めることはできないものとする」
刑務官はそう告げ、俺は拘置所から解放された。
御堂佑はそこに待っていた。
老人と呼べる年齢。髪は真っ白で華奢な風貌だが、すごく優しげな笑顔で、彼は俺に話しかけてきた。
「釈放おめでとう。私は君のような境遇の若者が懲役になるなど、おかしいと考えてね。君のこれからの為に、少しではあるが助力させて頂いた」
「あなたが……御堂佑……」
「あぁ、やはり知っているのかい?参ったなぁ、別に売名行為でやっている訳じゃないんだが。私はただ、自分が間違った人間じゃないと証明したいだけなんだ」
彼はそういって、また笑った。世界にはなんてできた人間がいるんだろう。俺はこの御仁に一生感謝して生きていくことを誓い、深く感謝を述べた。御堂佑はその後もいかに自分が世界を憂いているかを語り、俺の価値観を深く揺らがせた。

 「あの御堂って企業、倒産したらしいよ。」
 「マジで!そこまでして懲役超過者を助けてたんだ……すごいな」
 「知ってるか?その御堂の社長、昔冤罪で捕まったことがあるんだってよ」
 「へえ。冤罪って証明されたの?」
 「いや、実際にはずっと冤罪だって主張してたって話らしいんだが……それが免罪符制定前の話だったらしくて、刑罰から逃れられなかったんだってよ」
 「ははぁ……それで自分のような人間を救いたいと思って、あんなことをしたってことか?」
 「そうらしい……だが、それで自分の財産全部つぎ込むなんて、聖人君子かって感じだよな。……このご時勢でも、そんな人間がいるなんて信じられねえ。今は倒産しちまったらしいが、俺たち貧乏人でもなにか見習わないとな」
 「同意」

 ある公園に汚れた風体をしたホームレスの老人がいた。
 道行く人はその老人が、なんだか息をしてないような……と思いつつ、面倒なのと関わりたくないのでその場を通り過ぎた。
 その老人はベンチに座り、満足そうな笑顔をしていた。


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