Bサイド.4
 「玄峰くろみね、準備は」
 「もう少し待って下さいよ。このプログラムがこのままだと偽装接続がうまくいかない可能性があるんだ」
 「早くしろ」
 時間は午前零時十分前。日付が変わるその瞬間がその企業の基幹システムの内部メンテナンス発行時刻。普段の厳戒態勢と違い、その間はシステムにセキュリティホールが生まれる。そこをついてハッキングをかけるのが今回の計画。リーダーらしきその男は、企業のビルの近くに戦闘部隊を待機させ、無線の先で隊のITスペシャリストである玄峰からの準備完了の返事を待つ。
 「ボス、準備できたっす」
 「よし、予定通り午前零時二分前に作戦決行。今回はハッキングと同時に陽動隊による威嚇行動を本社ビルに対して行う。可能であれば機密データの物理的奪取も作戦内とする為、目標は情報部の該当デバイスとする」
 「了解」
 隊の精鋭は目をギラつかせる。総勢20名程、軍隊経験者が多いが違う形で修羅場を経験したものもいる。彼らは皆貧民街出身で、この世界的大企業になんらかの形で恨みを持つ者達。利益しか考えない企業のイカレた富豪共に正義の鉄槌を下す為の最初のオペレーションに、彼らの意気は高い。
 時間が近づく。
 「残り10秒。総員、作戦の手筈はいいな」
 ボスと呼ばれた男は時計から目を離し、残りのカウントを手で示す。
 「状況開始」
 入退館時間をとっくに過ぎ、鍵を掛けられている入口に向かって銃を乱射。騒音を上げて割れ乱れるガラスを気にせず、全員が一斉にビル内に侵入。
 今回の目的である機密情報部はビルの地下施設。近衛隊が出てこない場合、強行突破で物理的にデータを奪取する。警備の隊員達が何人か現れたが彼らの銃は警備服を貫通。拳銃設計経験者による改造が加えられたその装備は、並の防護服では防げない。
 「歯ごたえのないやつらだ……このまま行けるかもしれん。玄峰、そっちの首尾はどうだ!」
 「上々かな。侵入は成功、気づかれた形跡は今のところなし」
 「了解。状況を継続しろ。……順調だな」
 予想ではこのビルに近衛隊はいない。しかし万が一遭遇した場合に備えて全員がライフルの射撃にも耐えられる特殊装備をつけている。
 「ボス、キザキは動かないでしょうか」
 「やつらは玖音くおんと提携しているだけだ。この件に対する助け合いはないだろう」
 隊は地下の受付にたどり着いた。大企業らしく広大なスペースに作られた受付に隊員達は音を立てずに侵入。大した反撃がなく、気が抜けかけていた隊員達だったが、突如銃声が響き、先頭を歩いていた者が倒れた。
 「おいおい……お前らこのビルが玖音の本社って知ってんのか?そんな装備で、そんな人数でどうにかできると思ってんじゃねーぞ。これくらいなら、俺一人でブッ潰せる」
 倒れた隊員の傍にあるスピーカーから、甲高くざらついた声が聞こえた。
 「どこだ!?」
 「うぁああ!」
 また一人、隊員が倒れた。
 「久しぶりの獲物じゃん!全く、早くこないと俺の腕が鈍っちまうだろうが!はははっ!!」
 「奥から狙っている!全員応戦しろ!」
 背後のスピーカーからの音声で混乱させている間に、正確な射撃が次々と隊員達を襲う。特殊装甲に覆われた隊員達の防護服の隙間を縫い、次々と致命傷を与えるその腕は恐ろしく正確。発射元は受付の横に長く伸びた回廊の向こう、壁に半身を隠しながら狙撃銃をこちらに向けていた。
 「やっべ、見つかった」
 狙撃はまた何人かの隊員を撃ち抜く。装弾数を使い切った時点を見計らい隊は突撃を試みるが、しかしその瞬間、後ろから両手にマシンガンを持った大柄な男が現れ、銃を乱射した。
 「ここは不意打ちがしやすいように至る所に非常口がつけてあってな。気をつけることだ」
 「そんな……くろみっ」
 大柄な男の乱撃に、生き残っていた隊員達は全滅させられた。
 「おいおい、俺が一人で撃退してやろうとしてたってのに……邪魔するんじゃないよ亜加野あかの
 「職務は即座に実行するべきだ」
 「全く……もうこんなバカどもこないかもしんないだろーが。俺の娯楽を奪うんじゃねえ」
 「それについては問題ない。玖音に仇名す者は消えんだろう。例の計画を続ける限りはな」

 「ボス?ボス!応答してください!ボス!他に誰か!応答しろよ!クソっ!」
 玄峰は応答のない無線を諦めた。なにかあったのか、無線を所持していた者が誰も返事をしない。捕まったか、あるいは殺されたか。あの企業の近衛隊は有事の際は殺人すら厭わないという。なんせ、人をいくら殺しても免罪符で帳消しにできるだけの財力を持っているのだ。完全実力主義のその企業が雇っているのは戦闘力が異常に高い殺人集団。SWATやCIA上がりの猛者が何人もいるという。
 「しかし、今日は玖音の会長がライバル企業の幹部と会食のはず。それなのに……みんなやられたのか?ウソだろ?」
 部隊のアジトで一人残された玄峰は、ハッキングに成功していた。玖音の基幹システム内にある機密データは、ほぼ玄峰のPCにコピーを終えたところだった。
 「せっかくデータが手に入ったのに……俺一人が生き残ったってどうすればいい。ん?これは……」
 玖音の行っているという、怪しげな実験。以前から調べていたそれに関する記述がそこにはあるようだった。
 そこに書かれていたのは、ある有機生物に関する実験。これによれば、その有機生物は哺乳類を喰らう性質があるという。そしてその有機生物があるものを喰らった時にだけ特殊な排泄物質を生み出す。それは、今まで世界で観測されたことのない性質を持ち……。
 「……まずい、気づかれたか!」
 玄峰の張った検知システムがアラートを発していた。どうやらハッキングがばれたらしい。予想より早いが、もうデータのコピーは終わっている。玄峰は接続を切り、その場にいた痕跡を徹底的に消し、アジトから逃げ出した。

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