宝城カンパニーの次期社長だ。今はオヤジが会社を仕切っているが、もうあいつも年だ。さっさと俺に役目を譲ればいいものを、なかなかお前にはまだ任せられんなんて言って取締役の一人に留めていやがる。別に俺は息子だから、という理由だけでこの地位にいるんじゃない。こないだまとめた商談によって得た利益で会社の売上減少は歯止めがかかったし、今の宝城を創ったオヤジのやり方を誰よりも知ってるのはこの俺だ。なぜ信頼しない!毎日のイライラは、女で発散している。女はいい。金をちらつかせればすぐに食いついてくるし、暴力で脅せばどんな風に扱っても黙って従う。いたぶり、跪かせ、俺の言う事を聞かせるのは他に代え難い快楽だ。今話題の九条美奈は、アングルによっては険悪にすら見えるあの強気な眼差しが男の支配欲をくすぐるのだろう。あんな気丈な女を思いのままにしてみたい。俺もそんな、九条美奈の一ファンさ。
その会場に着くと、予想以上に錚々たるメンツが揃っていた。一流商社の取締役、トップクラスSIerのCTO、某局の敏腕ディレクター等々。この九条美奈主催のパーティーの参加条件はただ一つ、業界でも一流の資産家であることだ。なかなか手ごわいライバルが多いらしい。だが、今日九条美奈を落とすのは俺だ。貴金属を取り扱う宝城カンパニーの最上客にしか見せることのない裏カタログを見て、欲しがらない女はいない。加えて俺には類まれなルックスがある。友人と繁華街を歩いている時には女から声をかけられることもしばしばだし、雑誌の取材を申し込まれたことも度々だ。取材は全て断ったが。
「あ!もしかして!紅玲さんですか!?」
「ん?君は……」
見覚えのない女が声をかけてきた。誰だこいつは?抑えめの化粧、長い黒髪が似合う清楚な女性。正直好みではない。俺に話しかけるならもっと垢抜けてこい。
「お分かりになりませんか?藤崎です。ほら、高校までずっと一緒だった」
「ああ、君か!雰囲気が大人びていて分からなかったよ。随分綺麗になったじゃないか!」
「いえ、そんな……」
少し顔を赤くして嬉しそうに笑うこの女を、実はまだ誰だか分かっていなかった。まぁ、こんな細くて儚げな女には興味がないからな。
「覚えていて頂いたなんて光栄です、私、今は銀樂株式会社に勤めていまして」
「なに?銀樂……だと」
「お集まりの皆様。本日はわざわざご足労頂き、誠にありがとうございます」
これは、九条美奈の声ではないか!あぁ、なんと嗜虐欲をそそる声だろう。しかしあの女、銀樂の役員とは。銀樂……宝昌カンパニーのライバル企業。ここにいると言うことはそれなりの位に位置する者のはず。しかし、挨拶に割り込まれ会話は止まってしまった。まぁいい。俺は九条美奈のところへ行き、周りを取り囲んでいる有象無象どもを押しのけて彼女に話しかけた。
「九条さん。本日はご機嫌麗しく。私宝城と申します。初めまして」
ナイトのように挨拶をし、その目を見つめる。大抵の女はこれだけでイチコロなのだが、九条美奈は軽く笑顔を向け、こんちにわ、と頭を下げるだけだった。噂通りの奥手らしい。俺に興味がないような返しをするとは、アタックのしがいがあるというものだ。
「宝城さんは、どのようなお仕事をしていらっしゃるの?」
来たか。男のスペック確認。俺は貴金属の商社の社長をしていることをさりげなく伝え、自慢のダイヤを彼女に見せた。しかし。
「なるほど。お金持ちなんですのね。それでは」
といい、彼女は次の男の方へ向かった。な、何故だ!!ダイヤだぞ!今日の為に特注で作らせたのに……。次の男は見たことがあった。キザキの役員だ。そこに強引に話に参加している男もいるが、あいつは玖音の役員ではないか。まさかそんなやつらが集まってくるとは……あのクラスの人間には俺ですら会う機会を作るのは難しいと言うのに。
九条美奈は俺に対する時よりもはるかに明るくしゃべっていたが、急にすいませんと言って席を外した。あわよくば二人きりになろうと行方を追っていったが、何故か彼女は早足でトイレに入っていった。いくら押しの強い俺でもさすがにトイレまではついていけない。傍にあった自販機の前で少し待ってみたが中々出てこず、俺は仕方なく男子トイレで用を足し、会場に戻ろうとした。
すると、突然の爆音。
いったい何事だ!急いで上に戻ると、会場は阿鼻叫喚の有様だった。どうやら、さっきの役員二人がいた机が爆発したらしい。二人は即死、その半径10mほどにいた者も爆発に巻き込まれ死亡、もしくは重傷、それより遠くにいた者も爆発によって起きた衝撃波で大小怪我を負っている。更に爆発で火がつき、会場の奥から燃え始めていた。
「紅玲さん!」
さっきの銀樂の女!額から血を流し、破片でやられたのかスーツのところどころが破れている。足や胸のあたりが露出し、さっきまでとは打って変わって扇情的な格好になってしまっていた。
「なにをしている、早く逃げろ!このままだと、ここも燃え落ちかねない」
「紅玲さん、あなたは?」
「俺はやることがある」
これは、恐らく九条美奈を狙った犯行だ。そうであれば彼女を助けねばならない。さっきまではトイレに居たはずだが……どこに行ってしまったのか。
「ダメです!紅玲さんも逃げてください!ここは危険です!」
「俺は大丈夫だ。火事がひどくなる前に逃げるさ」
「でも!」
「ちょっと待て」
俺は自分の服を脱ぎ、彼女に着せた。
「あっちの非常階段は人が少ない。そこから早く外に出て、安全なところへ逃げろ。いいな」
俺は女を置いて、九条美奈を探し回った。しかし、その階をしらみつぶしに探しても、彼女を見つけることはできなかった。次第に火事がひどくなり、俺は仕方なく避難するしかなかった……。
掃除係の作業服を着て道を歩く一人の女性。彼女は後ろを振り返り、ビルの真ん中あたりから煙を上げているのを見て歯ぎしりをする。
「キザキも玖音も、大企業の役員なんて残らず死ねばいいのに。金持ちどもなんて全部、私のお母さんの敵。お前らがいるから免罪符なんてもんができたんだ!あの法律の所為でお母さんを殺した犯人は生き延びた!あの法律で得をしてるもの全て、ぶっ壊してやる……」
九条美奈はそう呟きながらその場を去った。