Bサイド.9
 瓦屋根や木造建築の多く見受けられる下町にも、まともな料亭やレストランは存在する。しかしその中でも一般大衆向けの店は基本的にセルフサービスで、トレイを持って並びそこに○○を下さいと注文すれば、あらかじめ作り置きしてある肉団子的な物が無造作に投げ入れられる。しかしあまりの値段の安さから、貧乏人は永永無窮に行列を為すほど。
 そんな、料理を出す店と呼べるものの中でも最底辺な場所で働いている少年。名をシノスケという少年は本来はまだ働くような年齢ではないが、無理に頼み込んで使ってもらっていた。
 「うらぁシノスケ!!さっさとその皿洗っとけって言ったろ!」
 「うっす!すいません!!」
 「すいませんって言ってる間に手動かせや!」
 「うっす!動かしてます!!」
 「おせえんだよ!このカスが」
 いつも通りの悪口雑言にもさして嫌な顔をせず、少年・シノスケは笑顔でうっす!と返す。横から揚げ物担当の先輩が、大量の洗いものがつまった容器を笑顔で置いていく。
 「これも頼むわ。あぁ、皿下げてる時間ねえからお前一人で下げものまでやれよ?」
 さっきまでそばでシノスケが怒られているのを笑っていたそいつはそう言って戻ると、隣と談話を始めた。シノスケはそれを横目に笑顔でうっす!と返し、しゃにむに洗いものを続けた。
 (親のいない俺にとっちゃここで働かせてもらえることが命綱。むしろありがたいことなんだ)
 シノスケはいつもそんな風に考え、どんな扱いにも耐えてきた。それが普通に働く大人の半分にも満たない賃金だったとしても、生きる為に必要だからだ。彼は友達がスラムをうろつく孤児となり、ゴミを漁る姿を見たことがある。そうなるくらいならどんな労苦を受けてでも働こうと考え、何十件と廻ってようやくみつけた仕事なのだった。どんなに理不尽でも、ぐっと唇を噛み締める。
 そんなひたむきなシノスケをみかねたのか、
 「おいシノスケ、ゴミ出し手伝ってやるよ」
 「ほんとですか!助かります」
 普段は意地悪な先輩が、初めて優しい言葉をかけてくれた。
 「お前には重いだろ。デカイ方持ってやる。貸せ」
 ゴリと呼ばれるいかつい先輩はそう言って大きい方のゴミ袋を持ってくれた。シノスケは嬉しくなって、スキップする勢いでゴミ捨て場に駆ける。シノスケは軽い方を持っている自分が開けなければと先に行き、ダストシュートの蓋を開けて先輩を待っていた。
 「おぉ、わざわざありがとな……ほらよっっ!!」
 しかし先輩はダストシュートの中ではなく、シノスケめがけてゴミ袋を放った。その汚物の塊を体で受け止め、弾みで転んだシノスケは中から滲み出た汁やらで油分と腐肉と腐臭にまみれ、先輩はそれをさも楽しそうに見下し、嘲笑った。
 「ギャハハハハ!!きったねえなぁ!ハッハッハ!!」
 人でなしのゴリラが醜く顔を歪める。シノスケはその顔をぶん殴ってやりたかったが、そんなことをすれば首だ。下卑た笑いに合わせてカハハ、と乾いた笑いを見せた。しかし感情が抑えきれず、引きつった笑いになってしまったシノスケを見て、ゴリラはその顔を更に醜い怒りの表情に変え、唾を吐きかけて去っていった。
 「くっそ……なんで、こんな……」
 志之助は立ち上がり、自分に汁を零して体積の減ったゴミをダストシュートに入れ、店に戻った。服は全てドロドロだったが、前掛けを変えて手を洗っただけでまた洗い物をやらされた。
 自分は廃棄物を漁る浮浪児より真っ当だし、賢い選択をしたつもりだった。だが、毎日毎日こんな扱いではひょっとしてこんな店は辞めて他人の財布を盗む技術を磨いた方がいい生活ができるのかもしれない。だがスリの子供が捕まってブタバコで拷問されて死んだ、という噂も聞く。
 貧乏人は所詮、貧乏人にしかなれないのか。
 翌日。いつものごとく、下層の者達が大勢ひしめきあう店で店員達は完全に流れ作業と化した炒め物ぶち込み係や熱した油に粉をまぶした肉を入れては上げ入れては上げの半永久機械作業に忙しかった。そんな中、開店したばかりはまだあまり仕事がない洗い場担当のシノスケは、終わりのないじゃがいもとニンジンの皮むきをやらされていた。回りは朝食ラッシュの忙しさでイライラとし、揚げ物担当の先輩がいつもの通り、真っ先にシノスケに当たり散らした。
 「まだ皮むいてんのか?そんなもん10分で終わらせろや!」
 八つ当たりを始めるのはいつもこいつだ。なら自分でやってみせろ。おまえだって遅くて怒られていた癖に。仕事が遅いのに、自分より好かれている。許せない。
 「うっす!」
 「それともあれか?昨日のゴミ汁で頭も腐っちまったか?はっはは!」
 「うっす!腐ってないっす!全然平気っす!」
 「は。昨日あれだけやられた癖に、なんでそんな元気なんだよ」
 そう言って揚げ物野郎が背を向けた瞬間。俺は手に持っていたじゃがいもを、思い切り振りかぶってそいつの頭めがけてぶん投げた。ガッと鈍い音がして、揚げ物野郎は頭を抱えた。俺は手当たり次第にジャガイモやらニンジンやらをそこらで仕事している先輩気取りのくそ野郎どもに投げつけ続けた。
 「志之助!てっめえやめねえか!」
 激を飛ばしても近くにあるものを投げ続けようとする志之助を、先輩達が数人がかりで羽交い締めにした。
 「お前らみんななんなんだよ!俺になんの恨みがあってそんな冷たいんだ!」
 志之助は叫んだ。自分は何年もここの店でがんばってきた。なのに全く認めようとしない先輩達に。
 「うるせえ!客のとこに響くだろうが!」
 しかし抵抗もむなしく、そのまま裏口から外へ叩き出された。
 「もうお前はこの店に来なくていい。そこらでネズミでも食ってろ」
 「なんでだよ!俺はこんなにがんばってたのに!」
 「お前は孤児だろ?俺たちんなかには孤児に財布スられたやつもいるし、大勢で襲われたって友達もいる。ギャングの息がかかってたりもするから奴らは手に負えねえのさ。だから、そんな人種は誰も信用しねえよ」
 「俺は……俺はそんなんじゃない!」
 「いいから失せな。二度とこの店に近づくんじゃねえぞゴミ野郎」
 先輩は凄まじい形相で志之助を睨みつけ、唾を吐き捨てて厨房に戻っていった。
 「……くそ……世の中おかしいだろ……」
 家など持たない志之助は店の倉庫で寝かせてもらっていたので、追い出された今、そこらへんの孤児と同じ文無し家無しだ。
 気が抜けてしまい、大通りに出て何を探すでもなくブラブラしていると、志之助は急に声を掛けられた。
 「やあ。なんだか絶望した顔をしているね。今日の夕食にすら困っているのかな?生活苦難者保護法って知ってるかい?」


 「人体実験?」
 「そうだ。どこからか分からないが、大量に参加者を集めて危険な実験をしているらしい」
 ユースケとゴンドーは、西園寺の護衛に気絶させられた後、玄峰に助けられ彼の研究室に運ばれていた。
 「そんな……じゃあ俺たちが集められていた場所は……」
 「そうだ。その研究の実験素材として集められていた可能性が高い」
 「じゃあ……ヨーコももしかしたら今頃は……」
 「人体実験の生け贄にされているかもしれないな」
 「嫌だ!!助けに行かないと!!」
 「お前一人でどうするつもりだ?それに、どこにいるかも分からないんだろう」
 「そう……だね」
 玄峰はため息をつき、画面に映し出されていた情報を改めて眺める。
 「しかし不死者製造実験なんて、いまだに信じられないな……」

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